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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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 遠慮のない問いかけは、日垣に食ってかかるように話していた女性職員を彷彿とさせた。想う相手より、相手を想う己のほうを大切にしているであろう八嶋香織。あんな人に、彼を奪われてしまう。相手の体面に配慮することもできない女のために、大切な「隠れ家」を失ってしまう。しかし、沈黙を守ると決意した美紗には、なす術がない。
「身を引く……というより、初めから、そんな関係じゃ、ないんです。その人とは、時々ここで、お話をして、それだけだったから」
「それ以上は望んでいらっしゃらないのですね」
「……ここで会えるだけで、良かったから。そうじゃなきゃ、いけないから」
 美紗の目から、またぽろぽろと涙が落ちた。日垣に連れられて、初めてこの店に来た時のことが思い出された。あの時も、涙を隠さずに泣いた。彼は、小さな嗚咽が聞こえなくまるまで、ずっと待っていてくれた。優しい沈黙をくれた彼が、耐えがたく恋しい。
「一緒にいたいけど、でも、私からは……言えないんです。その人は、私よりずっと年上だし、それに……」
「お相手が年上の方なら、その方に甘えてしまえばよろしいではありませんか」
 意外な言葉に、美紗は思わず涙顔を上げた。黒髪をオールバックにしたバーテンダーは、ブルーラグーンの解説をしていた時とはうって変わって、ひどく優しげな笑みを浮かべていた。冷淡な印象だったはずの目が、柔らかい光に満ちている。頭上のペンダントライトの灯りのせいなのか、その瞳がなぜか、カクテルの色と同じような藍色に見える。
「人と人との関係のあり方は、千差万別です。どこまで許されて、どこから禁じられるのか、その線引きも、人によって様々です。お若い貴女には、それが不誠実に感じられるかもしれませんが」
 美紗は、藍色の瞳を見つめたまま、黙っていた。既婚の日垣貴仁がいつもの席で自分と向かい合うことは、不誠実なのだろうか。そうすることになったきっかけは、社会的倫理を云々する範疇の外にあったと信じている。彼は、気の弱い部下に一時的に手を差し伸べただけだ。美紗に帰る場所がないことを知り、ささやかな安らぎの空間を提供しただけだ。美紗の想いを知らない彼にとって、その行為は誠実の範囲内にあるのだろう。
 しかし、八嶋香織という女が登場したことで、彼の「線引き」の位置はどう変わるのか……。
「人生経験の豊かな人は、身の振り方も、引き際も、心得ています。良識のある者なら、相手を尊重することも忘れないでしょう。互いの許容の範囲を超えないよう心を配り、至らない若い相手を傷つけることなく諫め、適切に導いていくことができるものです」