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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(10)-新人のバーテンダー②



 一か月ほど前に、高層ビルの裏手で見た、青い光の海と同じ色だ。青と紺の間のような色合いが、そのままグラスの中に広がっている。小さな泡は、輝くイルミネーションのようだ。
「ウォッカがベースのカクテルに、ソーダを足して清涼感を増してみました。『青い礁湖』というからには、本来はコバルトブルーのような色になるべきなのですが、貴女さまには、より濃い青のほうがお似合いかと思いまして、ブルーキュラソーを少し多めに入れております」
 バーテンダーは無機質な口調で語ったが、セリフ自体はなかなか気取っている。聞いている美紗のほうが、気恥ずかしくなってほんのりと頬を染めた。自分をイメージしてカクテルを作ってもらうのは、初めての体験だった。
「あの……、ありがとうございます」
「お口に合うとよろしいのですが」
 客の狼狽振りなど全くお構いなしで、バーテンダーは、ゆったりと一礼した。美紗は、恐る恐るグラスの脚に触れると、吸い込まれそうなほどに色鮮やかな青いカクテルを、じっと見つめた。
「きれいな……色ですね」
 美紗の言葉に、バーテンダーがようやく微かな笑みを見せる。グラスに静かに口を付けると、爽やかな柑橘系の香りに包まれた。レモンの酸味と苦味が炭酸の泡とともにはじけ、それが過ぎると、心地よい甘酸っぱさが口の中に広がっていく。
 美紗はもう一口飲んで、カクテルグラスをゆっくりとテーブルに置いた。改めてその中を見ると、イルミネーションで出来たあの青い海の一部が、切り取られて、そこにあるような錯覚を覚えた。
 一面に広がる青と紺の間のような色合いの光が、自分に問いかけるかのように、冷徹な美しさを放っていたことを思い出す。

 心の中で想うだけ、決して伝えずに想うだけ
 貴女にそれができるのか

 あの人の傍にいるためなら、できると、思っていた。傍にいられるなら、自分の想いを隠すことなど大した問題ではないと、思い違いをしていた。好きになってはならない人を黙って想うことが、これほど苦しいとは、想像もしていなかった。