赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 26話から30話
「おや?。少しばかり、濃すぎやしないかい?。
透き通った綺麗な肌をしている年頃だ。
そこまでベタベタお粉(おしろい)を塗らなくても、いいだろう?」
ひょっこり顔を出した市が、清子の白塗りに不満をつけている。
『そんなことしたら、白塗りが斑(まだら)になってしまいます!』
小春は、白塗りの手をゆるめない。
「そうだよね。
下地をしっかり塗らないと、お化粧の乗りが悪くなるのは確かです。
でもねぇ。透き通った半玉たちの肌を見るたんび、
そんなに厚く塗らなくてもいいのに、と思うのはどう言う意味だろうねぇ。
透き通る肌を、ここまで隠さなくてもいいのにと思うのは、
やっぱり、年寄りのひがみかねぇ・・・・」
市が清子の顔を覗き込んで、「もったいないねぇ」とため息をつく。
しかし。小春は白粉を塗る手を、ひとときも休めない。
やがて白一色の、清子の顔が完成していく。
「平安時代の貴族たちは、顔を白く塗っていました。
薄暗い住居の中で、めいめいの顔を引き立てることが目的です。
芸妓や舞妓の白塗りのルーツをたどると、やはり同じことが言えます。
昔のお座敷は、ろうそくをともしていました。
かすかな光の中でも美しく見えるよう、白塗りしたのがはじまりです。
そう教えてくれたのは、市奴お姐さんではありませんか。
お粉は、陶器のように、完璧なまでに、真っ白になるまで塗りなさいって。
そう教えていただいたことを、私はいまでも、
鮮明に覚えております」
「あら。そんなことを言ったかい?。
そんな昔のことは、とっくに忘れちまった。
あっ、あんた。ひとつ忘れているよ。隠し技の、ピンクの粉を忘れただろう。
このまんまだと清子の顔は、ただの白塗りのお化けだ。
白の奥にほのかな紅みがかくれていないと、ダメじゃないか。
白粉のおしろいを施す前に、ピンクのお粉をささっとさりげなくつけておく。
そうすると、下地の奥から、ほんのり紅が浮かび上がってくるんだ。
ですが、今からじゃ遅すぎますか・・・
後の祭りになるが、適当に、サラサラとピンクの粉をかけてやれば、
なんとかなるかもしれないねぇ・・・」
「あら。ホントウです。
ずいぶん前のことですから、半玉を作る手順など、すっかり
忘れておりました。
いまから白塗りを落とすのは大変です。
面倒ですからこのまま、ピンクのお粉を上からかけてしまいましょう。
その上にもういちど、白塗りを重ねていけば、小々お化粧が厚くなりますが、
なんとかなるでしょう」
「おう。そらいい考えや。その手でええやろう。
厚くなればお化粧が丈夫になる。きっと長持ちをするだろう。
かまへん。かまへん。今日はそれでええことにしょう。
明日から気をつければ、それでいいこっちゃ。あっはっは」
『おいおい。経験豊かなお姐さんたちが、そんな大雑把なことでいいのかよ』
心配顔のたまが下から、清子の顔を見上げる。
『いいから、たま。心配しないで頂戴。経験豊かなプロにも失敗はあります』
気にしなくても大丈夫と、清子が目で笑い返す。
『そんなもんか。でもよう、大変だなぁ。上下関係の気遣いってやつは・・・・』
姐さんには絶対に服従なんだなと、たまがブツブツつぶやいている。
(29)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 26話から30話 作家名:落合順平