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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 26話から30話

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 「あのう。なにゆえに本名では、いけないのでしょうか?」

 「お座敷には、すべからく心得というものがあります。
 芸妓は決して本名を名乗りません。
 お客様もほとんどの場合において、「お兄さん」とお呼びします。
 壮年のお客様は「おとうさん」。
 またお座敷の全員が「おにいさん」ばかりでは、会話が成立しません。
 佐藤さんは「さーさん」。高橋さんを「たーさん」。
 少人数のお座敷が多かった頃に生まれた、お座敷の作法です。
 お客様のプライバシーを守る為、このような呼び方をするようになりました。
 お隣のお座敷や廊下に会話が漏れても、話をしているのが誰なのか、
 特定出来ないよう、芸妓たちが配慮したものです。
 芸妓たちが、お客様の名前を覚えられないからではありません」

 流暢に説明する市の言葉を引き取り、春奴がその後を説明する。

 「お前はこれから、ここでひと月を過ごすことになる。
 立ち去る前に、お前に、お座敷遊び心得の5箇条を教えておきましょう。
 芸妓は芸を磨きます。
 お座敷の心得を磨くことも大切なことです。
 すべてのお客様が、お座敷での過ごし方を心得ているわけではありません。
 そうしたお客様たちにくつろぎを与え、楽しんでもらうため、
 芸妓は場の空気を常に整え、お客に、お座敷の心得をそれとなく教えます。
 自分の芸を育てるように、お客様も育てていかなければなりません」

 「お客様を、育てるのですか・・・」奥が深いのですねと、
 清子の目が丸くなる。

 「1つ目は 踊りや小唄が始まったら、黙って聞くことを教えます。
 芸を売るのが芸者の仕事です。
 芸を見ることは、お客さまの側の礼儀です。
 2つ目は 芸者衆を「お姐さん』と呼ぶことです。
 たとえ、50歳であっても”おばさん”などと呼んではいけません。
 100歳でも”お婆ちゃん”とは呼びません。
 現役でいる限り、お姐さんと呼びつづけます。それが芸者です。
 3つ目。お座敷遊びには、綺麗な靴と新しい靴下をはいて
 お見えになることです。
 お座敷に上がる時、身を清め、新しい紺色の靴下を履くのが通の心得です。
 同じように芸妓もまた、身を清めてから、お座敷に臨みます。
 4つ目。お座敷ゲームは、羞恥心を捨てて楽しむことです。
 芸者からお座敷ゲームに誘われたら、童心に帰り”ノリの良さ”で
 勝負しましょう。
 花柳界は、そこで起きたことについて、決して他言いたしません。
 ゆえに、たまには、心から羽目を外してもらいたいものです。
 5つ目は 粋な旦那衆を目指してもらいます。
 芸者衆の三味線に合わせて、色っぽい小唄のひとつやふたつ、
 歌えるような旦那衆になってほしいものです。
 お座敷というものは、芸妓を育てますが、粋のわかるお客様も育てます。
 そのへんの繁華街や飲み屋街などと、一線を画しているのです。
 花柳界が、いまもこうして存続しているのは、こうした気風と歴史が
 あるからに他なりません」

(27)へ、つづく