赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 26話から30話
「大丈夫。大船に乗ったつもりで会津に居なさい。
すべて、春奴母さんから聞いております。
知らないのは、ここに居る小春と、当の清子の2人だけです。
東山温泉の、粋なお座敷の空気をたっぷり勉強させておきますので、
お2人は、安心をして湯西川へお帰りください。
それにしても、清子という本名のままお座敷に連れて行くのは
格好がつきません。
なにか良い芸名はないのですか、お母さん」
「予定は有るのですが、ここでいま、披露するわけにはまいりません。
市。内緒です。ちょっと、こちらへいらっしゃい」
春奴が市を手招きする。
『耳を』と誘われた市が、春奴母さんの膝へ色っぽく手を置く。
上半身をあずけるような形で、身体を傾ける。
手招きされるまま、すっと小耳を春奴の口元へ運んでいく。
『所作がいちいち、癪にさわるほど色っぽいですねぇ、この女狐ときたら』
と春奴が、軽く睨む。
『最近は少し太めですので、狐ではなく、女狸になりました』と市が切り返す。
(大きな声では言えないのには、実は、ワケがあります。
引退する予定の半年後、この子に私の名前、春奴を譲ろうと決めております)
(え!。あんた、引退すんの・・・・
ということは、この子はあんたの2代目として、春奴を名乗るわけかいな。
そらまた、えらい入れ込みぶりやなぁ)
(そういうことです。あんじょう頼みます。みんなにはまだ内緒の
はなしですから)
(当たり前や。そない重大な話を、こんなところで暴露できるかいな。
ウチには普通の子にしか見えへんけど、母さんには、一体何が
見えたんですか?)
(オーバーに言えば、無限の可能性や。うふふ・・・・
けど、今んところは、そんなもん誰にも見えへん。
この子の座った姿をよう見てみい。
ピシッと座った時、女が持っているすべての清楚さと艶やかさがある。
淑女と女の魔性の両方を、最初から持っているんだよ。この子は。
まるであんたの再来みたいだ。
この子はねぇ。芸妓になるために生まれてきた子だよ・・・)
春奴が、怪訝そうに見つめている小春と豆奴の視線に気が付く。
市も「いまの話。絶対に、気づかれたらあきません」と小声でささやく。
「あら、そうですなぁ。
そら、披露はできませんわなぁ・・・・芸名がついていないのでは。
はい。承知いたしました。
では清子には、市さんの一文字を上げて、ここにいる1ヶ月のあいだ、
市花、ということでいかがでしょう」
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 26話から30話 作家名:落合順平