川の流れに身を委ねて
「だって、沙耶香ちゃんは川が好きじゃないか。これがただ釣り好きの恋人にくっついていただけだったら、トラウマになってるだろうけどね。でも、沙耶香ちゃんは元々川が好きじゃないか」
私は大きくうなずき、ホットコーヒーに手を伸ばした。
「そうです。だから、やっぱり大丈夫ですね」
「そう、大丈夫、大丈夫。そのうち、誰かいい人がこの川原で見つかるよ」
「そうなることを祈っています」
私がコーヒーを口に含んで笑うと、店主は細長いその体を軽く傾げて礼をし、他の男性二人の元に歩み寄っていった。彼らの気の抜けたような会話を聞きながら、私は本当に川が好きなんだな、と感じた。
川にいると、いつだって彼のことを思い出してしまう。だが、少し悲しみが和らいだら、ほのかに甘くそしてあったかい思い出がふつふつと湧いてくるのだ。
私は椅子の背に片手を乗せて背後に向きながら、じっと静かな川の景色を眺めていた。空はゆっくりと夕焼けの色に染まり、近くに停まっていたバンの窓から相撲中継が流れてくる。
山々に囲まれたこの里で、ゆっくりと釣りを楽しんで佇む人影を見つめながら、私も彼のように、竿を握ってみようかな、とふと思った。
稜線がどこまでもなだらかなラインを描き、それを背にして銀色の水面が揺らぎ、右から左へと流れていく。
そのただただ美しい光景を見つめながら、私は静かにコーヒーを飲み、悲しみの後の静かな余韻に浸っていた。彼と過ごした日々を思い起こし、どこまでもどこまでも川の流れに身を委ねて心を旅させていく。
作品名:川の流れに身を委ねて 作家名:御手紙 葉