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広瀬川にかかる橋

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 一泊分の着替えなどが入ったバッグも灰になってしまった。
 せめてもの救いは、大事な指輪と財布は身につけていたこと……。

 しばらくは座り込んでいたが、上下斜線とも後続のクルマがにっちもさっちも行かずに溜まっている状態、ここにいても先に進める要素はないように思える。
 本音を言えば一メートルだって引き返したくはない。
 しかし、前進するために必要ならば……。
 星彦はおばあさんに別れを告げると、路側帯を歩き始めた。


  ♡   ♤   ♡   ♤   ♡   ♤   ♡   ♤


 その頃、沙織は生きた心地がしなかった。
 ニュースで東北自動車道の大爆発事故が大きく報じられていたのだ。
 急いで星彦に電話をかけてみるが通じない……まさか……そんなことは……。
 TV画面では亡くなった方、負傷した方の名前が次々に報じられているが、とりあえずその中に星彦の名前はない、しかし、その数は時間を追うごとに増え続けている……。

 沙織の不安をぬぐってくれたのは、あのおばあさんだった。
 TVカメラを向けられたおばあさんは事故の恐ろしさをひとしきり語った後、カメラに向かってこう言ったのだ。
「有田星彦さん、あんたにはいくら感謝してもし切れないよ、織姫様がうんと言ってくれるように拝んでるからね」

 はらはらと涙がこぼれた。
 星彦は無事だ、そして、こんな大事故に巻き込まれたのにもかかわらず、自分の下へと向かってくれている……。
 

♡   ♤   ♡   ♤   ♡   ♤   ♡   ♤


13:30
 星彦は高速道路を横切る陸橋を発見した。
 しかも、幸いなことに、斜面は板チョコのような形のブロックで覆われていて登れそうだ。
 這い蹲るように斜面を登り、フェンスを乗り越えて陸橋のたもとに立って辺りを見回す。
 天の助けか! 少し先に鉄道の駅があるではないか。
 東北線が復旧しているかどうかはわからない、しかし、駅があればバスなりタクシーなりの交通手段があるはず……。
 

14:00
「すみません!」
「はい、何でしょう?」
 たどり着いたのは東北線桑折駅、駅員室に顔を出して声をかけると、かなり年配の駅員が応対してくれた。
「東北線の復旧はどうでしょうか?」
「いやぁ、今日中には無理みたいだねぇ」
 一番聞きたくない答え……どことなくのんびりしたアクセントがあるおじいさんの口から出た言葉でなければ『何故だ!』と食って掛かるところだった。
「六時までにどうしても仙台に行かなきゃならないんですが……」
「そうさなぁ……福島までバスがありますから、そこで新幹線に乗るのが一番良さそうだなぁ」
 福島まで戻る……受け入れ難いほどに悔しい、今やりたくないことに順位をつけるならばぶっちぎりの一位だ……だがそれが最良の方法ならば……。
「そのバスは……」
「ああ、行っちまったばかりでねぇ、お客さんは運が悪い」
「そりゃもう、夕べから運に見放されっぱなしですよ、次のバスは何分後ですか?」
「15:26発だねぇ」
 リアルに膝から力が抜けて、しゃがみこんでしまいそうだった……。
「マジで?……一時間半待ちですか……それしか方法ないんですか?」
「そうだなぁ、路線バスを乗り継いで行けないこともないけども、六時までに着くのはとても無理だなぁ、下手すりゃ途中で一泊になっちまうかも……」
「……分かりました……次のバスを待ちます……」
 落胆のあまりしゃがみ込んでしまいそうな様子がアリアリと出ていたのだろう、おじいさんは気の毒そうに、こう言ってくれた。
「待合は暑いでしょう、こっちにお入りんさい、クーラー効いとりますで」
「え? いいんですか?」
「どうせ電車は走っとりませんでな、お客なんておりゃしませんわ」
 地獄で仏……普段使ったためしがないそんな言葉が頭をよぎる。
「そうですか? じゃあ、遠慮なく……ああ、涼しい……生き返ります」
「ずいぶんと土ぼこりかぶりなすって……膝も破れとりますな」
「高速道路の事故のことは?」
「もちろん知っとり……あれ! お客さん、あの事故に会われたのかね?」
「そうなんです、タンクローリーのすぐ後ろのバスに乗ってまして……必死で逃げました」
「で、どうしてここへ?」
「あの場にいても前へは進めそうにないんで、高速道路を歩いて、陸橋を見つけて、登ってみたらこの駅が見えたんですよ」
「それは大変じゃったなぁ……でも、そんな目に会われたのに、どうしてそんなに急いで仙台へ行こうとなさる?」
「恋人が待ってるんです」
「ほほぅ、それはそれは」
 おじいさんのもじゃもじゃの眉毛の下の細い目が、いっそう細くなった。
「今日、七夕の前夜祭なんです」
「ああ、そうでしたな」
「その花火を見ながらプロポーズするつもりでして……」
「ははは、それでなんとしても仙台へ? そりゃ手助けしてやりたいけども、どうにも……」
「ありがとうございます、でも、福島行きのバスに乗れれば何とかなりそうです」
 落ち着きを取り戻して来ているのが自分でもわかった。
「まあ、冷たい麦茶でも飲みなされ」
「ああ、助かります」
「そりゃ大げさな」
 おじいさんは笑ったが、炎天下を一時間あまり歩いてきた星彦にとっては大げさでもなんでもなかった。
 そして、冷たいものが入ったせいか、腹がグゥと鳴る……そういえば十時頃ハンバーガーを齧ったきりだ。
 夕食にひびかず、とりあえず空腹を満たしてくれるものと言えば……。
「この辺にお蕎麦屋さんありませんか?」
「あるにはあるけども、歩いて行くにはちょっと遠いな……出前とりなさるか?」
「ここで食べていいんですか?」
「どうせお客なんぞ来やしませんて」
 おじいさんがカラカラと笑うと、星彦も釣られて笑う……何ヶ月ぶりかに笑ったような心地がした。

 出前のざるそばが旨かったこと……。
 食べ終わると熱いお茶を出してくれ、膝に絆創膏まで貼ってもらって、少し話し込んでいるうちにバスがやってきた。
 涼しい場所で体を休め、喉を潤し、腹も満たし、しばしの間平穏な時間を過ごせたおかげで、ずいぶんと元気も出てきている。
「色々とお世話になりました、どうもありがとうございます」
「気ぃつけてなぁ、早く着ける様に祈ってるよぉ」
 おじいさんは駅舎を出て手まで振ってくれた……。


16:38
 おじいさんが祈ってくれたのが効いたのか、バスは何事もなく福島駅に着いた。
 あいにく新幹線は出たばかり、しかし17:17発のやまびこの自由席乗車券は買うことが出来た……七夕前夜祭の上に東北線も動いていないので、乗車率は200%だそうだが……。
 仙台着は17:37の予定、ぎりぎりだが18:00に予約したレストランには間に合うはず。
 きっと沙織はそこで待ってくれている……なぜだかそう確信していた。

17:37
 とうとう仙台駅に到着!
 目指すは広瀬川を渡った先のホテルにあるレストラン、花火が最も良く見えるレストランを探したのだ。
 まっすぐにタクシー乗り場に向かう……。
 が……。
 タクシー乗り場は長蛇の列、それもそうだ、今日は七夕祭り前夜祭、花火会場に向かう人も多い。
作品名:広瀬川にかかる橋 作家名:ST