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広瀬川にかかる橋

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4.



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 八月四日、東京は大型で強い勢力を持つ台風に見舞われていた。
 星彦は上下雨合羽の完全防備で出勤したほど、風が強くて傘もまともにさせなかったのだ。
 とはいえ、天気予報は星彦にとって心地良く響いた。
『台風○号は今後、太平洋岸に沿って進む見込みですが、西から高気圧が張り出してきており、今夜半には太平洋へ抜け、明日は台風一過の晴天となりそうです』

 明日の天気さえ良ければ、今日などどうでもいいのだ。

 指輪もバッチリ用意してある。
 宝飾仕入れ担当と売り場のベテランが吟味してくれたもの。
 今時、『月給の三か月分』はオーバーらしいが、星彦の予算はきっちり三か月分、しかも社員販価格での三か月分だ。
 むやみに大粒ではないが、青みがかって見える最高ランクのダイヤ、控えめでシンプル、気品あるデザイン。
 売り場の、沙織と年齢の近い店員いわく、『こんなの贈られたら、その場で卒倒しそう』だそうだ。
 
 さすがにデパートの客も少なく、星彦は定時に……と言っても、夜九時だが……にデパートを出て東京駅に向かった。
 今夜中に仙台まで行って、明日は朝から沙織と二人で七夕前夜祭を楽しみ、夕刻、広瀬川の花火を見ながら指輪を渡す……完璧なストーリーを組み立てているのだ。
 女性にとって、プロポーズは一生の記念、しかし、男にとってもやはり一生に一度の晴れ舞台なのだ、できるだけロマンティックに想い出深いものに、そして格好良く決めたいではないか、その演出を考えるは男の役目であり、特権でもある。
 いつもはカモノハシに見える東北新幹線の車両も、今夜ばかりはカササギの嘴に見える。


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21:44
 星彦を乗せたやまびこ233号は、まだ強い風雨の中、東京駅を滑り出した。
 二時間ほどで仙台駅に到着する……はずだった。

23:00
 車内販売の弁当で遅い夕食を済ませ、二本目の缶ビールのプルトップを開けた時、突然、車内の明かりが消え、非常灯に切り替わった、そして列車はスローダウンし、ゆっくりと停車した。
 非常用電源を使用しているのだろう、すぐに車内アナウンスがあった。
「お急ぎのところ大変申し訳ございません、当列車は新白河~郡山の中間地点を走行中でございましたが、台風の影響で福島県の広範囲にわたって停電が発生しております、復旧まで今しばらくお待ちください」
「ちぇっ、ツイてないな……」
 星彦はそう舌打ちしたものの、そう腹は立たなかった。
 そもそも、停電なら電車が動けないのは仕方がないし、まれに見る強風の台風だったそうだから停電も仕方がない、どうせ今夜は駅前のビジネスホテルで独り寝するだけだ、1時間やそこら遅れたところでたいした問題ではない。
 星彦は残りのビールを飲み干す……すると猛烈に眠気が襲って来た。
 ここのところ仕事が忙しかった上に、明日、明後日と有給を取るためにいつも以上に忙しく働いた、その疲れが出てきたのだろう。
 幸い、夜遅い便の上に台風とあって車内はガラガラ、多少寝心地は悪いものの、三列シートを独り占めすれば横になることも出来る。
 上着の内ポケットには大事な指輪、星彦は上着を脱ぐと、指輪を取り出してズボンのポケットにしまった、ここならば眠り込んでも盗られてしまうような心配もないだろう、それにこの列車の終点は仙台、寝過ごすような心配もない……。
 星彦は靴を脱ぐと体を横たえた。
 
 外はまだ猛烈な雨風……そろそろ東京は雨も上がっている頃、星彦は台風に合わせるように北上しているのだ。
 しかし、この様子なら天気予報は当たっているはず、ならば明日はカラリと晴れ上がりそうだ……そんなことを考えているうちに、星彦は眠りの中に落ちて行った。


翌朝 6:05
 窓から差し込む強い日差しで目を覚ました。
(あれ? ここは? 僕はどうしてたんだっけ……)
 しばらくグルグル回っていた意識が、こよりを縒るように一本にまとまった。
「冗談だろ? まだ動いてないのか?」
 眠っている乗客も多いせいか、車内アナウンスは使わずに乗務員が一人ひとりに説明して回っている。
「あ、すみません、今目覚めたんですけど、まだ動けないんですか?」
 星彦は車掌を捕まえてそう尋ねた。
「まことに申し訳ありません、停電はまもなく復旧する見込みと言う情報は入っているのですが……」
「他にも問題がありそうな口ぶりですね」
「重ねて申し訳ありません、夕べの風で架線がかなりやられてしまいまして……」
「いつ頃動けそうなんですか?」
「重ね重ね申し訳ありません、全力で復旧に当たっておりますが、なにぶん、あちらこちらで断線してしまっているものですから、まだなんとも……」
「全然見込みは立たないと?」
「まことに申し訳ありません」
 車掌は穴があったら一瞬で逃げ込んでしまいそうに恐縮している、正直、腹は立っていたが、この車掌を責めたところでどうにもならない。
「困ったな……大切な約束があるんですよ」
「ただ今、郡山駅へバスでピストン輸送をしております、もしよろしければそちらに」
「ああ、東北線は動いているんですね?」
「それが……」
「ええっ? 動いてない?」
「新幹線より架線が古いので……」
「ずたずたなわけね……郡山に行ってもどうにもならないってこと?」
「東北自動車道は被害を受けておりませんので……しかし、列車が動けないので混雑しているようで、仙台までですと二時間ほど……」
「なるほど……」
 通常、郡山ICから仙台宮城ICまでなら一時間ちょっと、しかし二時間なら昼前には楽々到着できる、いつ動き出せるか判らない列車に身を任せるよりも……。
「次は何時ごろバスが来ます?」
「なにぶん、列車が動いておりませんので道路も混んでいるようでして、片道に30分かかっております、次にこちらに到着するのは30分後くらいかと……」
「次のバスに乗れますか?」
「大変申し訳ありません、二回分は既に満席に……」
「ええっ! そんなに? バスを増やせないんですか?」
「手配はしているのですが、なにぶん東北線の方も動いていないものでバスの数が不足しておりまして……」
「ああ……それを言っても始まりませんね……三回目のバスには確実に乗れますか?」
「はい、この整理券をお持ちいただければ間違いなく」
「到着したらアナウンスはあります?」
「はい、必ず」
「わかりました、バスを待ちましょう」
 星彦はスマホを取り出すと、沙織にメールを打った。
 本来なら電話で直接話したいところだが、まだ朝が早い。
(停電で新幹線が止まってる、架線切れもあるようだから、振替バスで郡山に向かって、高速バスに乗るつもり、着く時間がわからないから家で待っていてくれる?)
 すると、既に起きていたらしく、すぐに返信があった。
(ニュースで見たわ、気をつけて、無理しないでね)
 こんな状況にあっても沙織と繋がっていると思うと顔がほころぶ。
(ありがとう、また連絡するね)
 そう返信して、再び横になった。
作品名:広瀬川にかかる橋 作家名:ST