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広瀬川にかかる橋

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3.




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「夜景がきれい……」
 沙織がうっとりしている。
 もっとも、星彦の方はその沙織の表情にうっとりしてしまうのだが。

 昼前に東京駅で沙織を出迎えた星彦は、あまり駆け足にならないよう、沙織が興味を持ちそうなスポットを厳選して案内し、夕刻には新宿の高層ホテルにあるラウンジに落ち着いた、軽い食事と共に、いわゆる飲み放題とは一線を画した、カクテルやシャンパンもアリのフリードリンクメニューが人気のラウンジ。
 窓際の席を確保するには、ちょっと人脈も利用したが、それだけの価値はあったようだ。

「仙台だって充分都会だと思うけどね」
「でも、やっぱりスケールが違うわ、高層ビルの数も段違いだし、どこまでも夜景が広がっているもの」
「明日は案内して上げられなくてごめん」
 日程を多少前倒ししたものの、クリスマスシーズンはデパートにとって掻き入れ時、有給を取ることまではできなかったのだ。
「ううん、今日はとっても楽しかった……どうもありがとう」
 軽く酔いが回った、少しだけとろんとした瞳で見つめられると、星彦はハートを鷲づかみにされてしまう……。
「そろそろ出る?」
「……ええ……」

 沙織のためにこのホテルに部屋を取った。
 もっとも、それは沙織のためばかりでなく……。

 二人はその夜、一緒に甘美な夢を見た……。


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 その日を境に、手探りの部分も残っていた二人の関係は劇的に変わった。
 やすやすとは傷つくはずもない、堅固な関係……もっとも、お互い、そこに気づいただけで、強い絆はとっくに出来上がっていたのだが……。
 
 そして、クリスマスから数ヵ月後のこと……。
 
「へえ、仙台の七夕祭りって七月七日じゃないの?」
「ええ、旧暦なのよ、八月六日から八日まで、五日には前夜祭で花火大会もあるわ」
「広瀬川で?」
「うん」

 星彦にとっては耳寄りな情報だった。
 なぜなら彼の中では、既にプロポーズの計画が始動していたのだ。
 七夕祭りならうってつけのシチュエーション、しかし、七月上旬はお中元シーズンと重なる、特に生鮮食料品は供給も安定せず、その期間に仕事を抜けるわけには行かないので諦めていたのだが、八月ならば……ボーナスも出たばかりで二重に好都合だ。

 そして六月下旬に仙台を訪れた時……。
「ごめん、七月はお中元が忙しくて来れそうにないんだ、その代わり、八月五日は空けておいてくれる?」
「前夜祭の日ね?」
「花火が見えるレストランを予約してあるんだ、その時、大事な話があるから……」


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 『大事な話』……それが何を意味するのか、沙織にはもちろん察しがつく。
 『Yes』と答える気持ちも固まっている。

 ただ、ひとつだけ気がかりもあったのだが……。

「あれ? お姉ちゃん、来てたの?」
 数日後、仕事の外出から戻ると姉が茶の間でくつろいでいた。
「ああ、お帰り、ねぇねぇ、沙織にも良い人が出来たんだって?」
「え? うん、まあ」
「沙織にとっても良い話があるの」
「何?」
「ダンナがね、仙台本社に呼び戻されたの」
「へぇ! 良かったじゃない」
 沙織は内心小躍りしたいくらいだった。
 気がかりと言うのは両親のこと。
 当時二十七歳と二十四歳、両親の結婚は遅かったわけではないが、子供になかなか恵まれず、姉は母が三十二の時の子供、沙織は三十九の時の子供、今、父は七十、母は六十七だ、今現在は何の問題もないが、十年後には父は八十、いつまでも元気でいてくれると言う保障はどこにもない。
 姉は仙台の人と結婚した、お互いの実家はクルマで十五分ほどしか離れていないし、彼の勤め先も仙台市内だったのだが、五年前に弘前支社へ転勤になっていたのだ。
 
「バス通りに新しいマンション建ててるでしょ?」
「うん、もうすぐ出来上がりそうだよね」
「さっき、モデルルームと工事現場見てきたのよ、彼、気に入ったみたい、あたしと子供たちもね」
「ホント? 家からすぐ近くじゃない」
「そうなのよ、だから沙織はどこへお嫁に行っても大丈夫だよ」
「まだ決まったわけじゃ……」
「さっさと決めちゃいな、後のことはあたしに任せていいからさ」
「うん、お姉ちゃん、ありがとう」
 

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 沙織の憂いも消え、二人の心の中で、八月五日へのカウントダウンが始まった……。


作品名:広瀬川にかかる橋 作家名:ST