広瀬川にかかる橋
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「こんなに沢山?……」
「できますか?」
「期間はどれ位で……」
「厳密な納期を設定する気はないんです、どれ位で出来そうですか?」
「この数ですと……二ヵ月位はかかるかと……」
「う~ん、そうですね……ではこうしましょう、二週間おきに四分の一ずつでも送って頂けますか?」
「はい、承知しました、ありがとうございます」
「僕の読みではスマホカバーが一番の売れ筋になると思うんですよ、売れ行きに応じて注文の数に変動が出ても良いですか?」
「ええ、大丈夫です、スマホを止めるプラ板やホックにはストックがありますから」
「良かった……」
「売れてくれると良いんですけど……」
「売れますよ、差別化を図れるものが求められていますからね、仙台平は和のティストだけじゃなくてモダンさも備えていますから、若い人にもピンと来るんじゃないかと思ってます」
「若者向けには少し高いんじゃないかしら……」
「仙台平の丈夫さをアピールするプレートを一緒に展示しておけば大丈夫ですよ、飽きが来なくて長持ちするものならば、結局コストパフォーマンスも高いですからね」
「そうですか?……よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします……ところで、もしよろしければ夕食などは?」
「え? ええ、別段予定はないですけど」
「これから長いお付き合いをさせて頂くことになると思いますので、ご馳走させて下さい」
「そんな……こちらからご馳走しなければならないくらいなのに……」
「白状しますとね、経費で落としても良いと言われて来てるんですよ」
朗らかに頭を掻く星彦を見て、沙織もクスリと笑った。
「そういうことならば、ご馳走になります」
「良かった……良い店をご存知でしたら是非案内していただきたいんですが」
「はい、喜んで……」
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沙織が案内してくれた店、それは意外にも居酒屋だった。
「もっとかしこまったお店の方が良かったでしょうか……」
沙織がちょっと心配そうに尋ねて来る、顔に『意外』と出てしまっていたようだ。
「そんなことないですよ、平日なのに賑やかですね」
「ええ、人気のお店なんです、金曜日とかだと行列になるんですよ」
「こういうお店、お好きなんですか?」
「ええ、友達と良く来ます、男性と二人で来たのは二度目ですけど」
「……」
「一度目は父です、私の二十歳の誕生日に」
「あ、そういうこと……お酒はお強いんですか」
「そうでもないです、好きですけど……ここに初めて来た時もですね、それまでビールとかチューハイくらいは飲んだことあったんですけど、父の日本酒を一杯もらったら美味しくて止まらなくなっちゃって……すっかり酔いつぶれちゃって連れて帰るのが大変だったらしいです」
「いいですね、いつか僕も子供の二十歳を祝って飲みに行きたいな」
「ご結婚されているんですか?」
「あ、いえ、まだです、気が早かったですね」
「うふふ……それと、ここなら名物が揃うんですよ」
「仙台の名物と言うと、牛タン、笹かまぼこ……すみません、後が出てこないです」
「有名なのはそれくらいですものね、でもフカヒレも名物なんですよ」
「ああ、気仙沼が近いですものね」
「後は牡蠣とか」
「そうか、リアス式海岸がありますね」
「全部一箇所で味わおうと思うと、ここが一番いいんです」
「そうか、和、洋、中に跨りますからね……なるほど、『全国うまいものフェア』の参考になるな……あ、すみません、つい」
「良いんです、仕事熱心な男性は素敵ですよ」
沙織の第一印象は『クールビューティ』だった。
そこが好みでもあったのだが、柔らかな笑顔もまた……。
ほんのり桜色に染まった頬と、少しとろんとなった瞳もまた、星彦のハートをぎゅっと掴む。
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「これを……」
仙台駅で別れる時、沙織は紙袋を差し出した。
「僕に?」
「お酒の後ではお邪魔かもしれませんが、ずんだ餅なんです」
「ああ、それも名物ですよね、ありがとうございます、明日、ゆっくりいただきます」
長距離列車に乗る時は、もし寝込むといけないので、カバンは足元に置くことにしている。
ずんだ餅は網棚の上でも構わないのだが、星彦はそれを膝の上に抱えた。
お菓子には違いないが、流行の洋菓子とは一味違う、鮮やかな緑と瑞々しさが印象的な和風のスイーツ、どことなく沙織のイメージと重なる。
夜も遅く、仙台への日帰り、しかもアルコールも入っている。
それでも星彦は東京駅までしっかり目を開けていた。
心は夢の中を彷徨っていたが……。
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その後、星彦は月に一回のペースで沙織を訪れた。
さすがの温情部長もそうそう出張を認めるわけにはいかない、メールや宅急便で済む用件なのだから。
なので、仕事に見せかけた、休日を利用しての自費出張、当然食事代も自腹になる。
だったらきちんとデートに誘えば良い、星彦自身もそう思う。
デパートに定休日はなく、星彦の休日も火曜日が基本、しかし、沙織も決まった休日があるわけではないので合わせて貰う事もできない相談ではないはず。
しかし、仕事がらみで出会った女性、仕事にかこつければ会ってくれないはずはないが、デートに誘ったら応じてくれるだろうか……そんな一抹の不安がぬぐえないのだ。
沙織の方はとっくに気づいていた。
最初はともかく、毎月来てくれる必要はないのだから……。
それでも、月に一度は東京から仙台まで自分に会いに来てくれる男性がいるのは当然悪い気はしない。
星彦は顔もスタイルもまあまあと言ったところだが、だんだん良く見えてきてもいるし、センスや価値観も共有できる人だなと感じている……星彦が来てくれるのが楽しみになって来ているのだ。
ただ、星彦が仕事のふりをしている間は、そこに突っ込みを入れては悪い気がして気づかないふりをしているだけ……。
しかし、『仕事のふり』には当然限界もある。
「来月のクリスマスなんだけど、何か予定ある?」
この一大イベントに至っては真っ向ストレート勝負しかない。
「ううん」
「良かった……僕のために予定を空けておいて欲しいんだけど」
「もちろん……でも、仙台に来てくれなくてもいいわ」
「えっ? それってどういうこと?」
「今度は私から……東京を案内してくれる? 高校を卒業する時友達と旅行したきりなの」
「ああ……よかった、そういうこと……もちろん案内するさ」
「ありがとう、楽しみにしているわ」
二人は見つめあい、微笑みあった……。