SPLICE ~SIN<前編>
いや、それ以前に今この池は妙な感じがするといったばかりなのにそこで休もうとするものどうなのか…とか。
「お前の考えている事なんて分かるよ」
「うん…」
なおさら何といえばよいか迷う。
「『時間の経過』による歪みの修正を思ったのは、感覚じゃなくて記憶からだよ。まぁ、ブレースからもらった力で『歪み』に対して敏感になっているってのはあるけど。以前の俺自身の力とは違って、『トレース』の魔法に引っかかるかどうかってのが大きいかな。ココじゃなくて他の場所だと思ったのはココには明確な『歪み』の跡を感じないが流れてくる水に感じたってところだ。」
「うーん…」
もしかしたら記憶の戻り具合によって『力』も戻すのではないかも連想してしまう。
「あと此処に座ったのは移動が面倒だからだ。もう背に乗らないからな?」
徒歩に比べれば微々たる物だろうがそれでも疲れくらいは有る。
少しでも長く触れていたいと思うスプライスの気持ちも分かるが…
「まだ先は長そうだし時間はあるさ」
二人きりでいる時間も、今後をどうするか考える時間も。
スプライス自身はバーカンティンに任せるとは言うが、思いは複雑。
「そんな顔してないで座れよ。こんな場所じゃ休めないか?」
「そんなことないよ」
慌ててバーカンティンの隣に座る。
勢いあまってドサッと音がしてしまったがバーカンティンは気にした風ではなかった。
スプライスの迷いだって分かっているし、それに決着をつけてやれない自分も分かっているから余計なことを言っても何もならないと、言葉もかけない。
「とりあえず安心しろ。この『歪み』に関しては調べに行こうとはおもわない。少しでも早く今回のこの件について決着つけないとな」
『この件』がどれを指すのかは言わない。
約50年もの前。
今追っている人物は何を考えて、どういった経緯でこの道を歩むことになったんだろうか。
そもそも、その身体の不思議。
一体何が起こっていたのか。
知る者はいない。
否、この今追っている二人のうち二人目が知っているのではないかと言われる。
『ハザマ』と似た(同じ?)気配をもつ弟カティサークの方については色々考え付くが正しいかは分からない。
もっと濃く気配が感じられればもしかしたら、違った色も見えてくるのかもしれないが…
ソレよりも謎なのが姉ヴィラローカのほうかもしれない。
スプライスの話をよく聞けば『歪み』より流れてくる『ハザマ』の気配(正確には『ハザマ』に漂うものたちの気配)を断つことができたという。
『歪み』の気配に心身ともにやられたというスプライスを守ることも出来たとか。
ちなみに今回『歪み』の気配にダメージを受けなかったのはブレースの能力があったからだ。
「スプライス、東に向かおう」
更に数日後、進路の変更を感じたバーカンティンが告げる。
「あぁ…うん…」
答えながらプライスは地図を取り出して大体の現在地を確認する。
スプライスにも分かる跡が見えてくる。
「これって……」
バーカンティンに広げた地図を見せようとするが、バーカンティンは片手を振って止めた。
「人のいそうなところを避けている。そしてもうひとつ考えられることがある」
「そうなの?」
「『歪み』が発生しても放置されたままにされそうな境界線だ。『歪み』が発生していた可能性がある」
「神域の境界…?」
「『天空の神』の管理能力が衰える辺りじゃなかったか?」
現世では知らない、前世での記憶だ。
以前『歪み』を補正して回っていた頃は世界中まわらなければならなかったから、この大陸に関しては知り合い…子孫に当たる血族に指示を出して対処してもらうもが主だった。
その指示を足すために教えてもらった参考情報の一つだ。
大分古いが神界というのは時間の流れもゆったりだからそう何かが変わっているとは思わない。
「確かに、変わったとも聞いてないかな…」
「可能性の話だが、その『歪み』にたいして接触しながら歩いていた可能性もあるかもな…」
「うーん…」
だとしても他に出てくる問題はたくさん有る。
『世界の歪み』の跡は一つ二つと増えていった。
どれも処置済みであるように感じられたことはバーカンティンの考えを立証しているとしか考えられない。
そして翼人の村を出て15日も過ぎようという頃、
「人間という生物を久しぶりに見た感じ…」
「俺は『人間外』か?」
そんな会話が出来る状態になった。
つまり人家のあるところに来たということだ。
初めは家を見ただけで人は見なかったが、沢に沿って歩くと村の中でも人家が固まる辺りにでた。
『天空の神』の祠とも言えてしまうかもしれないほど小さな神殿があるところをみるとココが中心らしい。
とりあえず。
今日は久々に屋根の下で眠れそうだと思うとほっとすると同時に緊張もした。
神官と従者に見える二人は寝ている間も気を使われていると考えなければいけないと一月ほど前に体験したばかりだからだ。
「こんな辺鄙な土地に神官様がいらっしゃるだなんて」
案の定思ったとおりに迎え入れられた二人は歓迎の宴を催すとまで言われたのを
「偶々立ち寄っただけだから」
と固辞して、寝床だけ…とはさすがに行かなかったが食事もご馳走してもらって床に付いた。
久々に水浴びではなく風呂にも入って体はリラックスしてしまう。
「スプライス」
うつらうつらとしている、眠りのふちを彷徨うスプライスがちゃんと聞いているかは分からない。
それでも良いと思っているのか眠る様子を見せないバーカンティンが一言。
「この村にはもう一泊しよう」
疲れを取る為などではなく…
「……うん……ごめん…バーカンティン……」
この声は眠りの世界に入っている声だ。
「気にするな」
そのバーカンティンの声はスプライスには届いていないようだった。
いや、寝ていてもバーカンティンの声だけ言葉だけは覚えているような事は多々ある。
きっと聞こえていることだろう。
ソレをわかって付け加える。
「俺のほうこそごめんな」
隣で眠るスプライスを感じながら『トレース』の魔法を使ってみる。
スプライスには言っていないが、実はバーカンティンに渡された『トレース』の結果は三人分だった。
今回探索することになった姉弟。
もう一人はスプライス。
もともとブレースの『トレース』の魔法はスプライスを探すために得た能力だった。
これも元々はブレースの師匠がスプライスとブレースに掛けていた魔法をブレースが譲り受けたもので、ソレをブレースが効力を上げて現状になる。
スプライスに対して『トレース』を意識すれば、健康状態など大まかな状態も分かるほどになっている。
バーカンティンは魔法を渡されて直ぐに三つ目の対象に気づいたが、ブレースは笑っているだけだった。
しかし感謝はしている。
もしスプライスと離れてしまったら、バーカンティンはスプライスを探すことができるか不安だ。
一方、スプライスはなんとしてでもバーカンティンを見つけるだろうという、自惚れにも似た思いがある。
離れたくないが、離れた時にどうなるか。
ブレースのお陰でその不安が無いと思えば旅の心配も少ない。
それにしても。
作品名:SPLICE ~SIN<前編> 作家名:吉 朋