SPLICE ~SIN<前編>
バーカンティンにだってスプライスの背は居心地がいいし、歩かなくていいという楽さもある。
悔しいが歩行速度もスプライスの方が速いからこの方が移動速度も速い。
「翼があれば…」
翼があれば移動速度は格段に速い。
村から今歩いている場所までの距離も、きっと翼人の移動距離にすれば一日飛んだ程度だろう。
もともと翼を持つ者としても早く飛べたバーカンティンにはその点はもどかしいかもしれない。
「でも、会ったばかりのころバーカンティン言ってたじゃない。『人ならざるものの証である翼は要らない』って」
二人分の荷物を持ってバーカンティンを背負っていても声も動きも軽やかだ。
時々うつらうつらと眠くなりながらも、少しでもスプライスとしゃべっていたいと思うバーカンティンはスプライスの懐かしい言葉に、ぎゅっと後ろからしがみつく力を強くする。
「あれは記憶が戻る前の発言だが…今も『人ならざる証』であるという意味では同じだな。ただ、アレを手に入れる事でお前と生きていけると考えるならばちょっと気持ちも違うかな」
「……そう思ってくれるだけでうれしいよ」
今のバーカンティンの姿は、前世のバーカンティンが切望した姿。
『普通の人間』(多少普通とは言いがたいが)を手に入れたそんなバーカンティンに「自分と生きてほしい」だなんて言えない。
言いたいが…
今のままではバーカンティンは普通に歳を取り、老いて死んでしまう。
しかし、前世のような特殊な条件が重ならない限り不老長寿(不死かもしれない)のスプライスと共に生きていけるような力を手に入れるだなんて不可能だ。
最終手段はバーカンティンが拒絶するしスプライスもとりたくはない。
……イ・ヨールと同じ事はしたくないのだ。
確かにバーカンティンは年をとらないが、共にいる事ができるわけではない。
それに時を止める魔法を使うと、それを行った人物に負荷がかかる。
散々かけ通した迷惑をこれ以上かけたいとも思わない。
スプライスの背にいる利点は他にもある。
ジッと目を瞑ってトレースを行う。
「スプライス、少し東よりに歩こうか?」
真っ直ぐ北に伸びていると思った跡が北東へ向かうのが分かった。
「分かった」
そのまま更に気配を追う。
追うべき気配は二つあるが大体同じ道を通っている。
「スプライス、追ったほうは翼人だったんだよな?」
「ハーフだけどね。僕の人魚の血よりは濃く翼人の血をもっていたはずだけど」
「お前はクォーターだろうが」
スプライスの言うとおりの二人ならば、早ければこの辺りで合流していてもおかしくないのだが、其のまま道は進んでいて先が見えない。
しかも後から追ったほうの軌跡をみるに追いついてはいない。
後からの方はふらふらしている感じがするのだ。
一方、前の『世界の歪み』に似た気配、正確には『世界の歪み』の向こう側にある『ハザマ』に似た気配をもつ軌跡は迷い無く歩んでいる。
…迷いが無さ過ぎて、おかしい。
「生体機能が失われるという話、本当だよな?」
「村の人も言ってたとおりだよ」
どうも軌跡を追うだけだと事前に聞かされた情報が当てはまらないような雰囲気が感じられるのだ。
『何かが起こった』のは確実ということだろうが何が起こったのかは見当もつかない。
前世だったら何か分かったのだろうか…
「ねぇ、バーカンティン。地図見ない?」
今生ではまだ一年と供にいないがそれでもバーカンティンのことは分かるらしい。
背にいるバーカンティンの様子が思考モードというよりも、少し感情が入り始めていると感じて気そらそうとする。
「地図といっても目印になるもん無いだろうが」
確かに景色も大して変わっていない。
良く見れば多少樹木の分布具合が変わっているのだが、ソレもたいしたことは無い。そもそも地図上には損な除法は無い。
「んー、ついでに休憩とか」
「…そうだな」
場所を探そうとスプライスがきょろきょろと見回すと
「あれ?」
と何かに気づいた。
「どうした?」
後ろから覗き込むようにされると首筋に息がかかってくすぐったいのだが、そんなことを言えばまた突っ込まれるだけだからスプライスはグッと我慢する。
良いにおいなのだが。
「あっちに水の気配がする。さっきまで感じなかったんだけど」
「…行ってみるか」
スプライスも何かが気になったのか、バーカンティンを下ろすのを忘れてそちらへ向かった。
バーカンティンを背負ったままのスプライスがたどり着いた先にあったのは池だった。
小川からチョロチョロと水が流れ込んでいる。
「んー…」
その様子に異常を感じたのはスプライスが先だった。
これはさすがに水を司る『大海の女神』の神官だというところだろうか。
あとはやはり人魚の血が入っていることは大きいだろう。
「さっきまでは感じなかったんだよな?」
やっと背から下ろされたバーカンティンが自分の荷物をスプライスから奪いつつ辺りを見回す。
おかしいところがあるような気は…する。
「急に気配を感じたんだけど、これ本物の水なのか…」
その言葉を確かめるかのように、バーカンティンが池の水に触れようとする。
「だめだよ!」
よほど嫌な感じがしたのかバーカンティンの肩を強くつかんで引き寄せる。
バーカンティンはそんなスプライスの行動を予測していたかのように、顔には笑みを浮かべながらスプライスを見上げた。
「お前がいるから大丈夫だとおもったんだけどな?」
「…なにがあるか分からないし…」
そうは言ってもバーカンティンももう池に手を入れようとはしなかった。
その手でスプライスの腕をつかむ。
「ま、冗談だ。今ので十分分かった」
「?」
バーカンティンの手がひんやりしているのは分かった。
「この池の気配な、『歪み』や『ハザマ』に似ていると思ったんだ」
「……」
また『世界の歪み』。
この旅はつくづくソレに関しての旅になるのだと思う。
「いや、スプライスはコレにそういったものを感じないだろ?俺も結果として違うと思ったところだ」
「そういえば…そうなんだ?」
ただ、触れてはいけないとは強く思う。
「どちらかというと、『歪み』を補正したあとの気配かもしれない。補正というか修繕してあとは完了を時間に任せている段階か」
「自然に溶け込むように、って?」
補正、修繕の方法様々あるが、『時間に任せる』方法は生物の怪我を縫合によって治すのに似ているかもしれない。
縫合した直後は糸でついているだけで糸を外してしまえば傷口がばっくり開く。時間がたてば確り接着されて抜糸しても傷口が開くことは無い。
その状態のことだ。
「そろそろ接着も完了する頃なのだろうが…それはこの水の源流の方であって此処ではないみたいだな」
「……バーカンティン?」
バーカンティンが持っている力は、ブレースより移されたものだけのはずだと思ったのだが…
それは前世の能力ではないだろうか?
「何変な顔してるんだよ」
そのままバーカンティンは池から数歩遠ざかった辺りに座ってしまう。
「いや…」
前世のバーカンティンの記憶と力を取り戻すのは喜ばしい事でもあるが、それはバーカンティン自身の願いを破る事にならないだろうか。
作品名:SPLICE ~SIN<前編> 作家名:吉 朋