SPLICE ~SIN<前編>
胸が高鳴ってしまうスプライスを見て、バーカンティンは思わず吹かずにいられない。
「人の家で何期待してるんだよ。昼間『見せてやる』と言ってた俺がブレースから貰った魔法の結果を見せてやろうと思ったんだよ」
そのままぴったりとスプライスにくっついてしまう。
腕も背に回されてしまった。
幾ら何もないといわれても、コレは緊張したところで仕方ないと思って欲しい。
「…お前いったい何歳だよ」
ぴったりくっつけばスプライスの心臓の鼓動の状態も伝わってしまう。
「年齢は関係ないよ…」
自分だって落ち着けたいのだが、体は言うことを聞いてくれない。
情けないとは分かっている。
「とりあえず、俺はブレースみたいな魔法使いじゃないからな。こうやってくっつかないと俺のもっている力をお前に一時でも見せることなんてできない」
くっつくだけでそれだけできるのも十分凄いと思う。
「ね、僕もぎゅっとして良い?」
「それくらいは良いさ。その代わり、呼吸を俺と合わせろよ?」
「うん」
といいつつも、ちゃんと呼吸を合わせることが出来たのは暫く後だった。
もやもやとした道が見える。
「…なに、これ?」
その道は消えかけながらも森の奥へ通じている。
そこは…禁域だろうか。
その道は亀裂のようにも感じられ、そこから何かが沸いていそうだった。
「お前がどんな風に見えているのかは分からないが、それが『波長』を追った跡だ」
そのままその道は亀裂から沸きあがるものを増幅させ、しかし抑えようとしながら『こちら』ではない地へ向かって伸びていった。
フト気づくと、その後を追うようにツッっとスッキリとした雰囲気の道が現れた。
「これがヴィラローカ…?」
色は感じられない。
風の流れを感じるような道だ。
「多分な。どうやって前の気配を追うことが出来たのかはわからないが、後からの気配もまた独特の雰囲気を持っているな」
其のまま・・・やはり前の道が伸びていったほうへ続いていき先は分からなかった。
「…北のほう?」
そんな感じがした。
「とりあえずは、だな」
ブレースが言うとおり先が見えない。
バーカンティンがスプライスの背に回した腕を緩めながら見上げてくる。
「いまの前のほうの気配。あの気配は『世界の歪み』から出てくるものと同じ種類の気配を感じる」
「でも、後のほうの気配は全然違ったよね?」
姉弟のはずなのに。
「…なんかありそうだな」
まだ分からない事だらけということか。
村の北東側に『禁域』はある。
そこから北に向かうとひたすら森が広がるばかりらしい。
スプライスとバーカンティンは地図を写させてもらい(貴重なので持ち出しなんて不可能だ)、一度人間の町に出てそろえようとしていた旅道具も一通りそろえてもらってしまうと真っ直ぐと導かれるままに歩き出した。
「もしかしたら翼人の村にしては開放的な雰囲気なのも、アレが影響あるのかもな」
そう言いたくなるバーカンティンの気持ちも分かる。
少なくともスプライスが来た50年前からその雰囲気は変わらないようだった。
もしかしたらもっと開放的になっているかもしれない。
「はぐれ者が集まって出来た村らしいけど、アレがあったからそういうものが出来たのかもしれないね」
どちらが先かは分からないが影響しあっているのかもしれない。
その禁域沿いを歩きながら北へ向かう。
沿っているとはいえ境界がはっきり見えるわけでもなく、気配で区別している程度だ。
スプライスはこの『世界の歪み』の奇妙さと怖さを知っている。
それと同じ気配を自分の知る人が持っていたのかと思うと、なんとなくその人、カティサークが不気味に感じられた。
(それでも探すのか?)
自分に問わずにいられない。
逆にバーカンティンは以前に増して興味を持ったようだった。
『歪み』に飲み込まれて『ハザマ』まで体験認識した本人なのに…だからこそだろうか。
「何か感じるものでもあるの?」
「ある」
思ったより早い答え。
「弟の方はもともと村にいた時から、禁域のあの地帯に無意識に行ってしまうとのことらしかったが、引き寄せられたようにも考えられる。もっと近づいて関連を知ってみたい」
好奇心に火がついてしまったか。
「ヴィラローカは…」
どうやって追う事が出来たのか。
そして二人ともどこへ行ったのか。
「不思議な事ばかりだな?まぁ、俺としては旅の口実が出来てありがたいって言うのもある」
「口実?」
そんなものわざわざ作らなくても、どうせスプライスが与えられる仕事についていれば旅など出来るはずなのだが。
「これは俺とお前が選択して実行している旅なんだよ。誰に言われたのではない…」
そこまで言って、ちょっと首をかしげる。
「あと、この旅を通して俺自身が得るものもありそうなんだよな。『得る』のか『取り戻す』のかは分からないが」
そちらがメインなのかもしれないと、「せっかく二人きりなのに」と何かに少し嫉妬したくなるスプライス。
*****
「お前バカだろ」
ため息をつきつつバーカンティンに言われても言い返せないスプライス。
「だって…」
といいつつ顔は笑ってしまう。
翼人の村に滞在した期間。
スプライスは我慢していた。
ソレを分かっていたから、バーカンティンだって野宿だと分かっていても許したのだ。
「俺のほうがずっと若いはずなのに…」
腰や背等が痛くて起き上がれもしない。
いや、起き上がれはするのだろうが体が疲れて起きようと言う気も起こらない。
「僕のほうが年季はいってるから?」
「嫌なジョークだな」
うつ伏せで再びため息をつく。
確かにバーカンティンだって『できない』ことを少しは我慢していたが、スプライスを甘く見ていたと後悔した。
記憶がなくなるくらい激しく乱れた気がする。
「俺どれくらい声上げてた?ホント近くに誰かいたらヤバイヨなァ…」
いうことを聞かない体に思わず愚痴。
「…バーカンティンがそれでも良いって言ったんだからね?」
動こうともしないバーカンティンの横で、スプライスは身支度を整えて出発の準備をする。
「分かってるよ」
その動きからして普段と変わらないきびきびとした動きを見せるスプライスに、恨めしげな視線を送る。
送るだけ。
「とりあえず今日も森の中歩くだけみたいだから、抱っこしてあげるよ。お姫様抱っこで良い?」
ものすごく歩きにくそうではあるのだが、スプライスは満面の笑みだ。
腕力体力ともに人並み以上に有り余るスプライスなら安易なことだ。
しかも人と出会う可能性は殆ど無い。
「…その前に服着せろよ」
寝転がる身体に上から掛けられているだけの外套や服の下はまだ全裸。
スプライスががんばって前進する間も寝てやろうと心に決めた。
*****
「ホントにこの道を行ったの?」
と言いたくなるようなるような森の中を歩き始めて数日。
景色は変わる様子を一向に見せない。
「俺にはそう見えるんだよ。文句があるならブレースに言え」
そんなバーカンティンはスプライスの背にいた。
何があるわけでもなく、スプライスが抱っこをしたくて仕方がないと駄々をこねたので、交渉の結果『前』ではなく『後ろ』で我慢してもらう事にした。
作品名:SPLICE ~SIN<前編> 作家名:吉 朋