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ベランダの夜

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 タバコの匂いが……こんな億ションに住めるくらい稼ぎがあってもベランダでタバコかよ、男って悲しいよなぁ……奥さんが煙草吸って旦那が吸わない家だってあると思うんだけど、その場合は奥さんはベランダで吸うのかな? あんまり見たことないような気がするなぁ……俺、絶対結婚なんかしねぇよ……ああ、戻って行った、まあ、せっかくしがみついたんだからもうひとつ下まで降りよう……ふう、後何階かな……4階か、2階まで降りられりゃしめたもんだよな、飛び降りてもいいんだから……。
 
 この苦行の終わりが見えて少し元気が出て来たんだけど、その時地上から声が聞こえたんだ。
 
「ミーちゃん、どこへ行ったの? ミーちゃん」

 おい! ミーちゃん、こんな夜中に出歩くなよ……真っ裸で樋を伝わって降りてる奴の身にもなってくれよ! 第一そんな奴を飼い主が見つけたら、大声を上げるぜ、警官が来て俺に訊くね『こんなところで何してるんだ? どうして真っ裸なんだ?』って、どう答えりゃ良いんだよ……。

「ミーちゃん、どこにいるの? ミーちゃん」

 ミーちゃん、頼むから早く出てきてくれよ……。

「ニャ~」

 おい! ミーちゃん、植え込みから出てきたのは良いけどこっちを見上げないでくれよ、いや、怪しいのは分かるよ、でも見逃してくれよ、飼い主がこっち見たらどうしてくれんだよ~。
 
「ミーちゃん、勝手に外に出ちゃダメでしょ」
「ニャ~」

 幸いミーちゃんは無事に保護されて、飼い主も俺には気付かずに部屋に戻ったみたいだ。
 もう、とにかく早く地面に降りたいよ……あとちょっとだ、ガンバレ、俺。
 
 
 何とか地面に降り立った時はほっとしたよ、もう腕力も握力も使い果たしてたし、ずっと雨樋に押し付けてた内股とその真ん中もちょっとすりむけてたし……。
 とにかく少し休まないことには……でも、どこで?

(あれだ!)

 ゴミ置き場を見つけた時は助かったと思ったね。
 億ションのゴミ置き場だからさ、ちゃんとコンクリートで出来てるんだ、下手な小屋より立派だね、それに運が良ければ古新聞が山と積んであるかも、それに包まってればなんとか凍え死にしないで済む……そう思うと天にも昇る心地だったよ……だけど……。

(え?……そんな……)

 なにもさぁ、ゴミ置き場にまでテンキー式の鍵なんか付けなくたって良いだろうに。
 ホームレスが入り込んだらイヤだってか? ホームレスだって生きてるんだぜ、少しは優しくしてやってもいいじゃないか……この俺にもさぁ……少しは……優しく……。
 
 涙ぐんでる場合じゃないよ、とにかくここで夜明かしできる可能性はなくなったって訳だ。
 どうすりゃいいんだよ…………とにかくまず何か着るもんを見つけなきゃ、話は全部それからだよ、このままじゃ人に見られただけでナントカ物チン列罪だもんな。

(天はまだ我を見放していない!)

 思わず映画の台詞をパクったね。
 5~60メートル先に2階建てのアパートがあって、2階のベランダに洗濯物がぶら下がってるのを見つけたんだ、地獄で仏に会ったかと思ったね。
 そこまでどう行くかは問題だったんだけど、その時の俺にはそんな事は頭に浮かばなかったね、とにかく走った、真っ裸で裸足だろうと構わず走った、ブラブラして邪魔だろうとなんだろうと走った……なにが?って、男なら分かるだろう? 皆まで言わせるなよ。
 幸運だったんだな、通りで人に出くわすことなくアパートにたどり着いて樋をよじ登ったね、10階から降りてきたばっかりだったけど今度は必死に登った、ここまでく来りゃそれくらいの事はなんとも思わなかったね。

 手に入れられたのはジーンズとTシャツ、それにトランクス。
 2月の夜中にそんな格好で出歩いてる奴はいないけどさ、真っ裸に比べれば何百倍もマシってもんだよ、変な目で見られるくらいはもうなんとも思わないね、いくら寒そうに見えてもまさか通報はされないだろ?
 でもさ、その洗濯物の持ち主ってのは随分と立派な体の持ち主だったらしいや、俺はホストやってるくらいだから痩せてるんだよ、いつだって太らないように気をつけてる。
 まさかそれが仇になるなんて想像できるかい?
 Tシャツがぶかぶかなのはまだ良い、問題はジーンズだ、さっきのヴィンテージモノと違ってダサいのは我慢するとしても、ウエストが倍くらいあるのは現実的に大問題だよ。
 ずっと両手で持ち上げながら歩いてるわけにも行かないだろう? 
 でも重ねて幸運だったね、そのアパートのベランダには古新聞も出てたんだ、そしてそれはビニール紐で束ねてあった。
 そう、それも失敬してベルトの代わりにしたんだ。

 通りに人がいないタイミングを見計らって、俺は飛び降りた。

 で、地面に降りた瞬間に後悔したね。
 ベランダには普通サンダル位は置いてあるだろう? どうしてそれに思いつかなかったんだろうな……。

 まあ、とにかく少しは見られる格好にはなった。
 ジーンズは袴みたいだし、Tシャツはしょっちゅう肩からずり落ちるけどさ……。
 でも、タクシーを捕まえられれば万事オーケーだと思ったね。
 タクシーの運ちゃんにガンガン暖房を効かせてもらって、この冷え切って疲れ切った体をシートに投げ出してうとうと出来たら運ちゃんにチップを弾んでも良い、そう思ってた。

 だけど…………考えてみればそうだよな。
 真冬の真夜中、Tシャツにジーンズだけ、オマケにぶかぶかのジーンズをビニール紐で縛って、裸足でぺたぺた歩いてる奴の前でなんかタクシーは停まらないよな。
 俺が運ちゃんでも停まらないよ、むしろスピードを上げて走り去るね……。

 冬の夜中のアスファルトって、こんなに冷たいもんだったんだな……足の裏だけじゃなくってさ、足首まで凍っちまいそうだよ……でも歩くしかないんだよな……。
 さすがに終電も近いから人通りも少ないけど、何人かとはすれ違ったよ。
 ジロジロ見られたかって? そんなことなかったな、みんな俺を見るなり余所見したりスマホ出したり、とにかく俺と目が合うことだけは避けたかったみたいでさ。
 ありがたいっちゃありがたかったけど、俺がどんなに異様な格好してるのかわかるってもんだよ。

 結局、とぼとぼ歩いているうちに駅に着いたんだ。

(仕方がない、変な目で見られるだろうけど、電車で帰るか……)

 で、ジーンズのポケットに手をやったけど、そこに財布なんかなかった、そりゃそうだよな、干してあったのを失敬して来たんだから。
 あのさぁ、ここからならアパートに最寄の駅まで250円位なんだよ、300円あればお釣りがくるんだよ、今月はピンチって事はしょっちゅうあるけどさ、300円に困るってとこまでは行ったことがないよ、その300円がないってこんなに辛いことだと思いもしなかったよ。
 反対側のポケットに手をやってもスマホなんかあるわけない。
 スマホ料金、毎月毎月きちんと払ってるだろう? 滞納したことなんか……何回かしかないぜ、あるのが当たり前になってるものがないって、こんなに心細いとは知らなかったよ……。

(いや待てよ、タクシー乗り場に並べば乗車拒否はしないはずだよな……)
作品名:ベランダの夜 作家名:ST