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ベランダの夜

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「ミキ子、風呂は沸いてるか?」

(そうだ、風呂だ、早く入ってくれ、このままじゃ凍っちまうよ)

「ええ、いつでも入れるわよ」
「一週間ぶりだからな、一緒に入らんか?」
「ええ、あなた」

(おいっ! 『ええ、あなた』じゃねぇだろ! いや待て、旦那を風呂に先に入れて、着替えを出すフリをして窓を開けてくれれば……)

「あたし、着替えを取って来るわね」

(そうだ、着替えだ! 着替えを取りに来てこのガラス戸を開けてくれ!)

「なんだ? もうネグリジェ着てるじゃないか、また着替えるのか?」

(ああ、あのスケスケの…………いや、そんなことはどうでもいい、旦那の着替え、旦那の着替えを出せよ)

「それもそうね……あ、でもあなたのは?」

(よし、いいぞ……その調子だ)

「予定より一晩早く帰ったからな、バッグに一揃いあるよ」

(ウソ~っ!……いや、でもほら、荷物解くより寝室のクロゼットから出すほうが早いぞ)

「でも荷物を解くの面倒でしょ? 寝室から取って来るわ」

(そうだ、上手いぞ!)

「いや、バッグの一番上に揃えてある……ほらな」

(…………そ、そりゃないだろ?…………)

「でも、あなたお先に入って待ってらして、バスタオルとか揃えたらすぐ行きますから」

(そうだ、上手いぞ、ガンバレ! ここさえ開けてくれればいいんだ、そしたらぱっぱと服を着て玄関からそっと出て行くからさ)

「まあ、そう言うなよ、どれ、お姫様抱っこしてやろう」
「きゃっ」
「ムフフ……その『きゃっ』も可愛いのう……」

(……………………)

 もう、開いた口がふさがらなかった。
『きゃっ』じゃねぇんだよ、『きゃっ』じゃ、旦那も旦那だ、お姫様抱っこだと? いくらちっとは若く見えるったってアラフィフだぞ! それにさっきまで俺の下で……。
 絶望にうちひしがれたね、あの様子じゃ風呂から上がったらベッドに直行だろうよ、エロ親父め……まあ、人の事は言えねぇけど……。





 ………………でもよぉ、どうすんだよ、これ………………。

 もう服を着て玄関からそっと出て行くってのは諦めないといけないみたいだ……。
 ミキ子と来たら、さっきまでは俺にしがみついてたくせに、旦那が帰って来たら180度方向転換だもんなぁ……。
 だけど考えてみればそうだよな……ミキ子にしてみりゃ俺の代わりなんていくらもいるもんな……俺さ、自信満々で田舎から出てきたけど、5年もやってりゃわかるよ、俺なんて中の下がいいとこだもんな、ミキ子みたいなカモネギーを捕まえられたのはラッキーだったんだよな……でもさ、旦那の代わりを見つけるのは宝くじ当てるようなもんだからな、金はたんまり持ってて、月の半分はいなくって、帰ってくりゃお姫様抱っこ♡きゃっ♡だもんなぁ…………男の値打ちってなんなんだろうなぁ……。

 もう良いよ……明日の朝になれば哀れにもベランダで冷たくなった真っ裸の男の凍死体が発見されるだけのことさ………………。
 なんて、膝を抱えて泣きながら考えてる場合じゃないぜ、救出されないとわかれば自分で何とかしないと……自慢じゃないけど俺は寒さには弱いんだよ、正月に少し気が緩んたら贅肉がつき始めちまったんで、ダイエット中だし、その上今夜はやたらと寒くて北風が骨まで沁みるよ、このままじゃ……昔見た映画のシーンが頭をよぎったね、雪山で人が遭難してバタバタと凍え死ぬやつさ。
 そんなの嫌だ……死ぬもんか……なんとしても生き延びてやる、このピンチを切り抜けられたらなんか運が向いてきそうな気がするよ、今のクラブでNO.1になってミキ子をフッてやるんだ!

 で……具体的にどうするよ……。
 この縦樋か? これしかないよな、丈夫なことは丈夫そうだな、だけどここは10階だぜ……でも子供の頃、木登りは得意中の得意だったからこれを伝わって降りられない事はないな……って、俺は何を考えてるんだ? この高さからもし手を滑らせでもしたらオダブツだよ、いやいや、手を滑らさないまでも腕が疲れてやっぱりオダブツだよ……いや……待てよ、縦樋はベランダのすぐ脇を通ってるから、途中のベランダに降りて休めない事はないよな……もし見つかったら大騒ぎだけどな、ベランダに素っ裸の男がしゃがみこんでたら即110番だよな……それに無事に降りられてもその先どうするよ……。
 ええい! 悩んでたって始まらない、ここでじっと凍え死ぬのを待つよりはジタバタしたほうがマシだろ? とにかく降りなきゃ始まらないだろ!

 俺は自分にそう言い聞かせて縦樋に手を掛けた。

 ひゃっ、冷てぇなぁ……手が貼り付いちまいそうだよ……でもそんなことを言ってる場合じゃないんだよな……いくら身軽さに自信があるって言っても、10階から地上までは長旅になるからな、しっかり脚を樋に絡めて……うおっ、冷てぇ! だよな、脚を樋に絡めればアノ部分を押し付けることになるよなぁ、冷たい刺激には慣れてねぇし、タマまで縮み上がるよ、まったく……おっと、下を見ちゃいけない、余計に縮み上がるからな。

 ああ、もう限界だ、ちっと休まないと……音を立てるなよ、住人に気付かれたらコトだからな……今何階だ?……1、2、3……7階? まだ3階しか降りてねぇの? この倍以上あんの?……でもさ、ここで夜明かしするわけには行かないもんな、それくらいならミキ子の部屋のベランダで冷たくなってたほうがマシだよな、ここで諦めたら、これまでの苦労がムダになるもんな……。
 おぉ、少し汗ばんだ体に北風が余計に沁みるよ、頑張って降りなきゃ……。

 気を取り直して1階分降りた時、俺は思ったね。
(え? これは夢か?)って。

 このベランダ、洗濯物が干してあるじゃん、ジーンズだけだけどさ、あれだけでも穿けばナントカ物チン列罪だけは逃れられるじゃん、へえ、億ションだけあって結構高価そうなヴィテージ・ジーンズだし……ミキ子がこの億ションは洗濯物干し禁止だとか言ってたけどルール違反する奴はいるんだな、俺に取っちゃ神の助けだけど。
 よし、音もなくベランダに降りられたぞ、では失礼して……。
 やべっ! カーテンに人影! 近づいて来る!
 
 ふう……ヤバかったぁ、見つかるのもマズいけど、危なく樋を掴みそこなうところだったよ……そっちのがヤバかったなぁ……ああ、痛ぇなぁ、慌てて脚を絡めたもんだからタマを思い切り打ちつけちまったじゃないか、凍りつきそうに冷てぇし……。
 ガラス戸が閉まったな……きっとジーンズ取り込んじゃっただろうな、いや、待てよ、乾いてなかったら?……乾いてなくてもいいから……ああ、やっぱ取り込まれてる……神様って案外イジワルなんだな……でもまあ、俺、拝んだことないもんなぁ……あれ? お祈りするんだっけ? まあ、どっちでも良いや、どうせどっちもしたことないし。
 
 ああ、まだ痛ぇよ、ここが痛ぇと息まで苦しくなるな、まだ1階しか降りてねぇけど休憩しねぇと……ふう、そうか、手すりより低くしゃがめば北風も防げるよな……う~ん、少しはマシってとこか……え? ウソだろう? 何でまた人影が近づいて来んの? 慌てるなよ、今度はしっかり縦樋を握って……。
 
作品名:ベランダの夜 作家名:ST