いい湯だね
脱衣所でロッカーに入れた物を取り出し、女の子の体をタオルで包んだ。
父親は、服を着るように言いながら、自分も着替えた。
「おとうさん」
「なに? 着替えたらコーヒー牛乳か?」
「いい湯だったね」
娘の言葉に父親は笑った。
「そうか、いい湯だったか」
「うん、いい湯だった。こないだテレビでお風呂入ったおじさんが言ってた」
「あれは、温泉だろ?」
「おじさんは、お風呂にはいったら 言うんだよ」
「んん。じゃあ おとうさんも言わなきゃな」
「おとうさんは、おじさんじゃないから言わないよ」
男性は、妻が出産の為に実家に帰ったからと、風呂の支度の面倒回避に銭湯に娘と来ることにしたのだった。
広い風呂に浸かり、日頃の仕事疲れと、娘との交流の気疲れを癒せるだろうと思ってやってきた銭湯だった。
しかし、父親は、ちょっぴりおしゃまになった娘とまだ覚束ない娘とを知り、明日もここ銭湯にくるのが楽しみで仕方がなくなった。
「おばちゃん 明日もまたよろしくね」
「ありがとうございました」
「お靴は はちじゅうはちだね」
女の子は 木札の鍵で 自分と父親の靴を出した。
暖簾をくぐり、春まだ遠いひんやりとした空気の中、温かな手と手を繋ぎ家へと帰るのでした。
― 了 ―