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ヴァシル エピソード集

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+司祭と闇の主



闇の一族ガルグがほぼ壊滅し、世界が一族の魔の手から解放された後、一族の長ヴァシルは洞窟の中に逃げ込んだ。光の届かない場所で、それでもなお、与えられた新たな感情にもがき苦しみ続けた。
そんなヴァシルを解放したのは、一族の始祖アルスの記憶を持つ少年サーレスと、ガルグによって人生を狂わされた男、レイスだった。
ヴァシルは何十年ぶりかに洞窟の外へ這いだした。焼け付くような太陽ではなく、穏やかな日差しが彼を出迎え、そこでもまた彼は己の罪を悔い、涙した。
ヴァシルはその後、最後の日までいた街の跡を訪れた。以前に比べれば訪れる人も少なくなり、寂れた街となっていた。それでも、残されていたかの研究室の前で額づいた。
会いたい人はいなかった。当然だろう。あれからもう時がたちすぎた。彼は自分を許すことなく、この世界を旅立ってしまったのだろう。そう思えば、また涙があふれる。
許されたかったのだろうか。だが、自分がやったことを、許してもらえるなどと、思うこともできなかった。
寂しさと虚しさがヴァシルの心を支配した。誰かにその苦しさを聞いてもらえることができたなら楽にもなるのだろうか。そう思いもした。
そんなときだった。一件の寂れた教会が目に留まった。そして思い出した。人間は、罪を自覚したとき、教会でその罪を告白し、懺悔し、女神の赦しを得るのだという。
ヴァシルは人間の神など信じてはいなかった。むしろ長いこと敵としてそれを見ていた。
その組織の実体も、把握していた。あんなものは聖職者が力を持つための組織にすぎない。だがだからこそ、そこに赴こうと、思ったのかも知れない。
罪を告白し、懺悔し、許しではなく、おそらく罰を与えられることになるだろうということが、ヴァシルには分かり切っていた。
ヴァシルは寂れた教会の木戸を開けた。
ちょうど、中で司祭が独り、祈りを捧げていた。
「お祈りにいらした方、ですか?」
優しげで、善良な面差しをした青年だった。まだ、若い。
ヴァシルは緩く首を振った。
「いいえ、懺悔を。罪の告白を、聞いていただけますでしょうか」
憔悴していたのだろう。枯れた声に、司祭は表情をこわばらせて、ヴァシルに向かって祈りの印を切る。
「どうぞこちらへ。女神は必ず貴方の罪を赦されます」
誘われて、案内された小部屋で、相手の顔も見えなくなって、ほっとした。
ヴァシルは洗いざらい今までの己の犯した罪を告白した。
話すたびにまだ若い司祭が、恐れおののいていくのが、壁越しにも伝わった。
あんなに司祭が若いとは思っていなかった。彼にこんな話を聞かせるのは酷だろう。そうも思った。だが、一度あふれ出したモノは止められなかった。
むせび泣きながら、若い司祭にぶちまけた。それでも彼は、最後まで聞くのをやめなかった。ここにガルグの長がいると騒ぎ立てることもなかった。
話を締めくくって、司祭に礼を言った。わずかではあったが軽くなった心で、ヴァシルは伝えた。
「どうぞ私を連れて、中央へ赴き、告発なさい。ここにガルグの長がいると。私は、それで、かまいませんから」
逃げもかくれもする気はなかった。消えることはできない。主はヴァシルを消してはくれなかった。自分で自身の命を絶つこともできない。あと考え得ることはせいぜい、女王国で公にされ、国民に呪われながら、魔導の粋を極めたものたちによって、二度と目覚めぬように封じられることぐらいだろうか。
だが、司祭から返ってきたのは、ヴァシルをわずかに失望させる言葉だった。
「貴方は相当、お疲れのようだ。ガルグなど、もはや伝説の中の存在なのですよ。作り話で、人の気を引こうとするのは、心が疲れ、気の迷いが現れている証拠です。しばらくは、こちらでゆっくり、おやすみなさい」
あくまで穏やかな声音に、信じてもらうことすらなかったのだと、そのときヴァシルは気づいた。けれど、話の中でおびえるような司祭の気配が伝わってきたのに。
それともこの司祭は若いというのに、ヴァシルをそうやって欺こうとしているのだろうか。だとするなら、ヴァシルは欺かれてみようと思った。
どうせ、もはや必要のない命でしかなかった。それがわずかに命数をつないだとしても変わらない。
「司祭様のご厚意に感謝いたします」
その日、ヴァシルは教会に泊まった。久しぶりの、暖かな寝床だった。

司祭は悩んでいた。男は自らをヴァシル・ガルグであると名乗った。最初はいたずらだろうと思った。だが、彼の言葉は生々しく、真実味を帯びていた。
しかし本当に彼があの破滅の使者とまで呼ばれた存在であるなら、なぜこんなところで、それも今更になってこんなちっぽけな教会で懺悔する必要があるというのだろうか。
司祭が悩んだ末に出した答えは、あくまで善良な、神に仕える者としての答えだった。
彼が人であろうと、本物の破滅の使者であろうと、憔悴しきった者を放り出すことなどできないということ。
彼は疲れ、嘆いていた。弱り切っていた。女神の教えは、共に助け、弱き者に救いの手を差し伸べること。司祭は純然たる聖職者だった。いかなる場合においても教えを守るのが当然と、彼は考えていた。
それにもし、本当に彼がガルグの長だとするにしても、見極めが必要でもあった。そうではなくただの人間を告発してしまったなら、それはただの間違いではすまされないのだ。
ここは慎重を期すべきだと司祭は判断した。

翌朝、司祭は朝から途方に暮れた。
ヴァシルと名乗った男は、寝床として与えられた空き部屋を、掃除しようとしたらしい。しかしそれがどうして。部屋は水浸しになり、壁ははがれ落ち、窓は割れていた。
「申し訳ありません……」
すらりとした長身をめいいっぱい縮こまらせて、頭を下げて恐縮する姿に、司祭は怒るよりも呆れるよりも、まず大笑いしていた。
しかも、相手はなぜ笑われるのかわかっていないようにきょとんとして、小首を傾げてきょとんとしているのである。
前日、司祭は不安でたまらなかった。本当に彼がガルグの長であったなら、教会に宿泊することを許したことが、本当に正しかったのか、司祭は迷っていたのである。
しかし、一夜あけてみればこれだ。あのガルグの長がこんな掃除程度で大失敗を犯すなど、ありえるだろうか。この男は、ガルグの主ではないのだろう。そう思ってしまえば、ほっとするのと同時に状況のおかしさが、ドツボにはまってしまって笑い転げるしかなくなった。
「ああ、ああ、申し訳ありません。まさか。こんなことになるとは、思ってもみなくて」
腹がよじれるほどの笑いをこらえながら言えば、ヴァシルは、はあ、と何とも気の抜けた返事を返す。それがまた笑いのツボにはまって、ひいひいと悶え転げる。それを見かねたヴァシルが、まじめな顔で司祭の背中をさするものだから、司祭は完全に昨日の迷いを払拭してしまった。
「申し訳ありませんでした。部屋はあとで一緒に片づけましょう。どうせぼろぼろの教会です。穴の一つや二つ増えたところで、変わりませんし」
作品名:ヴァシル エピソード集 作家名:日々夜