生活保護受付窓口から
新聞を借り読んでみるが、男に関してそれらしい情報はない。ヤクザも行方不明のままであり、目立つ情報はない。目立ったのは川遊びで溺れ死んだ少年3人について。助けようと飛び込んで溺れ、それを助けようと飛び込んで、と被害が拡大した事件。最初に溺れた人はさぞかし無念だったと思う。自分のせいで友人を死なせる羽目になって、まるで殺人を犯したくらいの罪悪感を抱えたまま溺死したのではないか? 憶測を巡らしていたら、悲しくて涙がながれた。
休憩時間
留置所は午前に1回10分程度の休憩時間がある。
檻で囲まれたベランダがあり、そこで被疑者たちは運動したりタバコをすったり、ヒゲを剃ったり自由がある。
あくまで警官に監視されながらであるので、被疑者同士でおしゃべりはできない。ただあくまでそれは規定であって、警官とのお喋りは容認されている。面白い警官は被疑者に人気があり、自然と世間話やらの交流を被疑者同士でするようなる。
オレはヤンキーなノリの会話についていけなかった。しかし一人ぼっちでいると、警官がやってきて根掘り、いろいろ聞いてきた。
根掘り葉掘りといっても、事件に関することは聞いてはいけないのだろう。家ではどんなことしてるとか、野球チームはどこ応援とか、他愛ないものだったが、少しだけ寂しさがまぎれた。
昼食の時間、相変わらず地べたの小窓から弁当を渡される。
順番をまっていると、同じ部屋の男がオレの分の箸を渡しに来てくれた。
何が良かったのか、それとも勘違いか、少しだけ心が縮まった気がした。
今日も取調べあるのだろうか。調書は相変わらず短くてされて、なぜそうなったかの経緯は、やはり書いてくれないのだろうか。
案の定、取調べは酷いものだった。お茶は相変わらずウマイのだが、同じことを繰り返し何度も聞いてくるから、同じことを言わなきゃいけない。疲れるから、少しは信じて欲しいのですけど。
そう思った瞬間、取り調べが終わり、別部屋に連れていかれる。弁護士と会話できる部屋だが、今日はくる予定じゃあ無かったはずだが、これから何がおこるのだろうか?
相変わらず、どこにいくにも、手錠とロープをつけられる。フロアが変わる度に探知機の身体検査。1日に平均10回は探知機が股関節をまさぐり、口の中を覗かれる。そこまでやばい罪だったろうか? どんな小さな罪でもこうやって徹底するものだろうか?
面会部屋についた。オレに家族はいないから、会いに来るのは弁護士だけだが。
目の前に居たのはスーツ姿の男。夏だというのに厚着している。なのに汗ひとつかいてない。
「実は私はこういうものでして」
弁護士の名刺を見せられた。
「実は貴方を担当していた弁護士さんが、今朝、急病で入院しまして、今日から私が貴方の弁護を担当することになりました。つきましては事件の経緯をもう一度さいしょから」
抑揚のない語り口で愛嬌がない印象だった。最初の弁護士さんは、少なくとも、お客様主義で、事件資料(新聞なり)を持ってきてくれていたし、事件を把握していた。1から説明するにしても、この男は何もかも用意がしてない。まるで弁護士になっての初仕事しているかの様子
つかぬことを聞きますが、弁護士さんは、どれくらいの腕がありますか?
少し失礼かと思ったが、腕がないなら、早めに覚悟をしておきたい。ダメそうなら担当を変えられるらしいから、裁判になるまでに、出来るだけ早く頼れる弁護士さんを探しておかないと
「弁護士歴は10年です」
「あらゆる事件に関わってまして、特に冤罪事案になると、本人以外から事件の詳細を聞いてしまうと先入観で弁護がやりにくくなるんですよ」
最初に感じた印象とは違い、考え方とか冷静で、下手に小細工したスピーチは裏目にでるとか、俺の考えにより近い感じだった。これなら仮に負けても悔いはない。そう思わせてくれた。
裁判前日
その日は風呂と洗濯の日だった。身だしなみの為にヒゲは剃っていたが、体はあまり綺麗にはしていなかった。
時間制限で10分程度で、垢を落とすものがなかったし、バスタオルなくてフェイスタオルひとつしか支給されないから、体がなかなか乾かない。浸かるくらしかできなかった。ポディーソープは誰かがいたずらで、精液とかぶち込んでるかもしれないから、使いたくないし
今回はとにかく指で体を擦った。とにかく垢を落としたい。ゴシゴシ
やってみると案外落ちるもので、風呂上がりはさっぱりした
タオルを乾かすのも慣れると簡単で、搾って団扇(うちわ)の様にして体を乾かす。
風呂の時間を10分くらいオーバーしたが、警官は何も言わずに待ってくれている様子
その日は眠れなかった。時折、トイレに起きて時計を見ていたら、1時
昼のラジオ放送を思い出した。
昼食時はフロアにラジオがかかってるのだけど、空間が広いから反響音もすごい。音楽はいいけど、音声は何を言ってるのか聞き取れないことの方が多く。もはや雑音で、
その雑音の中で被疑者たちの食後の食器をもくもくと洗う警官の後ろ姿がちらっと見える。
コップをキュッキュッキュッキュッ
弁当箱もキュッキュキュッキュッ
なんか、上げ膳据え膳だし、至れりつくせりで申し訳ない気がしてきた。でも、わざと見せつけてるなら、それはそれで、支配者精神をくすぐるわけで、罪悪感を植え付けさす効果は冤罪者くらいしかないのではと思った。
裁判当日
1日3回
毎食後、歯磨きの時間が3分程与えられるが、
警察が用意したものを、被疑者はお金を払ってブラシを買う。カネは自動引き落としされる。歯ブラシ買えない無一文なら、どうするんだろ?
警察からは他に石鹸やタバコやジュース等が買えるが、注文してから届くのは24時間がかかる。土日祝日は商品が届かないから、欲しいものは早めに注文しときたい
オレは牛乳を注文していて、このとき飲んだ。心を落ち着かせる効果を期待して
それにしても歯磨の際、コップを貸してもらえないルールなのはなんでだ? みんな手をコップがわりに使っているが、凶器になるものだろうか?
歯ブラシの方が凶器になりそうなんだ?
トイレに掃除したあとの手、いくら洗ったとはいえ、それでうがいするとか、潔癖タイプだと地獄だなと思う。
あと、なんでトイレ行くたびに看守を呼びつけないかんのかな。大をするときトイレットペーパーなくて、「うんこします!」と、うんこの度にうんこ宣言しなと、紙くれない仕組みとか。あれ誰が考えたのだろ? 意地悪すぎるだろ?
皆に聞こえるし恥ずかしい。あらためて思う。被疑者たちよく耐えてるなと感心する。その上で睡眠できてると人とか、神経太すぎだよ。
いろいろ思う所はあるけど、2週間軟禁されていたわけで、決して監禁じゃあない。
苦しいだけじゃくて興味深く、楽しいこともあった。既に思い出になってるから、後悔してない。
裁判も素直に答えるだけで、特別なことはしない。
所詮はしがない強盗、恐喝未遂事件だし、初犯だし、まず実刑はない。
傍聴席の群衆に緊張しない限り思いは伝わる。と思う。
自信ないけど信じて突き進むぞおれ。
裁判中、
「わたしは、ほんとうに脅されただけなんです」
作品名:生活保護受付窓口から 作家名:西中