海のねこまんま
はじめまして。
わたし、猫です。
生まれは野原三丁目。
すみません。いきなり嘘をつきました。
生まれは三丁目の野原。
ん? またまたたび嘘をついてしまいました。
どこの誰なのか? 生まれはどこなのか?
本当にわたしは 猫なのか?
誰に訊けばよいのかもわかりません。
そんなわたしに教えてくれたのが 彼でした。
実は、まだ目がよく見えない頃に 初めて嗅ぐ臭いにふらりと頼って歩いていました。
気が付いたら おかあさんのにおいは どこからもしないんです。
そのとき、急に不安になりました。
歩いていたはずの足が動かなくなってしまったのです。
四本。四本もあるのにどれも震えて進むことができないんです。
生まれて初めての経験でした。
何かが横をすり抜けていきます。
何度も何度も…… 過ぎ去っていきました。
そのたびにわたしの体に強くあたる風に顔もあげられなくなりました。
立っているのがやっとの足もポキンと砕けていくようにうずくまってしまいました。
鳴く?
そう、声をあげれば 誰かが気付いてくれるかもしれないです。
でも、その時のわたしは そんなことも思いつかなければ、うめき声のひとつも出ませんでした。
そんな失うばかりの感覚の中で ふと感じた草の下の湿った土のにおいが変わったのです。
わたしが、身を低くした所為かもしれません。
でも それだけではありませんでした。
わたしの体を重く押し付けるように 冷たいものが当たったのです。
なに?
これはなに?
怖くなりました。このまま 溶けてしまうんじゃないかという気がしました。
音だけは 感じていたのでしょう。
耳だけはピンと立てたまま、わたしはその場に潰れました。
どれくらいその冷たさの中に浸っていたでしょう。
もしかするともう溶けているんじゃないかと思うくらいでした。
ふわぁ。
あ、とうとうおかあさんが話していた所へ連れて行かれるんだ、と思いました。
なんて暖かいんでしょう。体が そんな空気に包まれたのです。
「おい、生きてるか?」
その音は、先ほどまで聞こえてきたものとは違いました。
「おいおい、頑張れ。生きてるか?」
わたしは、そのまま天に昇ってしまったようです。
声すら聞こえなくなって…… 覚えてない……