かき揚げ丼 フロンティア
「直径、900キロメートル! 」
気がつくと、窓の外は真っ暗だった。星も見えない。
第1日目の夕食でも聴いた、ポルタという単語。
それは、暗い宇宙に浮かぶ光の穴だった。
時も空間を捻じ曲げ、何光年もの距離を飛び越す、次元の虫食い穴。
ポルタとは、彼らの地球でそれを指し示す名前。
得体のしれない、しかしすべてを焼き尽くすような光があふれ出す。
その中から、巨大な物体が姿を現した、
おもちゃのような、UFOとしか言いようのない円盤型の何かが。
船体からは、無数の光る点が放たれている。
「ペースト星人の宇宙戦艦です! 」
サフラさんが言った。
おもちゃのように、と言ったのは、地上で見たにしては細部がはっきり見えるからだ。
地上なら空気なりで、遠くのものほど見えにくくなるから。
音も、空気がなければ伝わらない。
つまり、見た目道理ではない。
「直径900キロメートル! スイッチアに大噴火をさせた艦と、同一の物です! 」
UFOとノーチアサンさんの間では、相変わらずカオスが翼を動かしている。
あれ、宇宙でも使えるんだ。
UFOからの光が、カオスに当たった。
その一発でカオスの全身を押さえつける、巨大なミサイルだった。
次々に爆発が続く。
ミサイルは膨大な破片に変わり、ノーチアサンさんを撃ちすえた。
僕達もシートとベルトの間で、痛いほど体が跳ねる!
僕の喉から、これまでの人生で最大の音量がでた。
「早く! 早く逃げましょうよ! 」
『そうしたいが、ディミーチのハンマーが邪魔をしてバリアが貼れないのだ! 』
そうだノーチアサンさんはバリアで尾を押し出そうとしている。
ハンマーがある限り、船体に張るバリアも弱まるんだ。
ならば!
僕は、新たな魔法陣を書き始めた。
まずは、“見”!
たちまち、船内で引っかかっているハンマーを見つけた。
これを、“移”!
船外へ移した。
船体が一瞬揺れるが、鉤爪から逃れることができた。
同時に、照明とモニターも復活した。
「ノーチアサンさん!? 大丈夫ですか!? 」
力強い答えが帰ってきた。
『ああ。反撃は可能だ! 』
いえ、逃げましょう。そうしようぜひ逃げよう。
あの無敵とさえ思えたカオスが、一方的に攻撃されている。
皆さん、無敵と思える力を持っていても、戦争とは恐ろしいものです。
一端のチート小説書きを気取っていた私の愚かさをお許しください。
しかし逃げ道は、さらに力強い声で阻まれた。
『その穴は、我が埋める! 』
オルバイファスさんだ。
ノーチアサンさんの大穴に近づくと、戦闘機形態から人形に変形する。
さらに先程は見せなかった、背中から2門の大砲を引き出した。
そして足から傷の中に入り、即席の砲塔となった。
宇宙戦艦との、激しい打ち合いがはじまる。
迫り来る砲撃が撃墜され、真空を照らした。
“見”の魔法はまだ生きている。
オルバイファスさんは胴体から、電気コードのようなものを取り出し、ノーチアサンさんのコードの差し込んだ。
『応急処置は、これで勘弁してくれ! 』
更に腹のハッチが開くと、数人の生徒会が飛び出してきた。
その一人は、弓を手にしたレミュールさんだ。
きっと魔法で空気をとどめているのだろう。
『精密振超動波砲チーム、受領! 』
ノーチアサンさんがいったこのチームは生徒会長、ユニバースさんを中心とした、生徒会の切り札だ。
彼女は、どんなものでも振動させて破壊できる、超振動能力を持つ。
振動波を調節するサイコキネシス。照準する透視能力。強力な影響を事前に調べる予知能力。皆の思考を連結するテレパシー。
これらの能力者でチームを組む。
「敵は? どうなってるんです? 」
艦橋に飛び込んできたとき、レミュールさんの第一声はそれだった。
あの、宇宙人を頼りにしていたはずの大怪獣が、その宇宙人から攻撃されているのだから。
今や、虫の息に違いない。
力無く漂うだけだ。
『無線通信を解読してみた』
ノーチアサンさんだ。
『どうやら、予想以上に怪獣が巨大化したため、受け入れる余裕がなくなったらしい』
そんな! あんなに巨大な宇宙船なのに!?
「あの怪獣、見た目の大きさ以上の、力を秘めているようですね」
レミュールさんはそう悟った。
そして、そのきらめく瞳で僕を見つめた。
すぐ外は戦火が舞っているのに、揺らぐことなく。
「サフラさんから話は聴きました。世界を平和にするイメージがつかめず、魔法を使えなかったようですね」
はい、申し訳ないことです。
「いいえ。それでいいかもしれません。実は私には、力に頼れば世界は平和になると、思っていた頃がありました」
その告白に、僕は目を丸くした。
もし時代が違えば、この人と悪の女帝として出会っていたかもしれないのか?
『彼女だけではない、我らのロボソリューションも、そうだった』
オルバイファスさん……。
「でも、世界が人間だけでできていないように、私達の力は宇宙の多様性によって阻まれました」
そういう彼女の義手が、光を放つ。
その左手に平から、引き出されたもの、それは一本の輝く矢だった。
「そこで悟ったのです。多様性を知り、その可能性を引き出すことが、より大きな力になると」
矢は、僕に渡してくれた。
「それを学ぶために、高校生からやり直すことにしました」
なぜだろう、物理的な重さは感じないのに、重い。
心に感じる責任感みたいな重さだ。
「それで魔法陣を書きなさい。私の魔力を上乗せできます」
つぎの言葉を、僕の人生で使うとは思わなかった。
「心して、使わせていただきます。それと、テロリストはこの船に収容したいのですが。当然、人間サイズで」
その場がどよめいた。
『ならば、この下の食堂がいいだろう。その前に、全員体を固定しろ』
ノーチアサンさんは、警告を繰り返した。
僕らがそれに従う。開いた席に座れない人は、椅子の後ろにしがみついた。
その間に、舳先がペースト星人に向いた。
『精密超振動波砲、発射! 』
サメの口、舳先の傾斜版は開いていた。
その奥の格納スペースから、極彩色の光が雷のように波打って放たれた。
怪獣映画でよく見る、あの光線は正しかったんだ!
艦への振動に耐えながら、僕は妙な感動に打ち震えていた。
やがて、振動が収まった。
彼方では、円盤が真二つに切り裂かれ、左右に泣き別れしていく。
ここからだとゆっくりに見えるけど、直径が900キロメートルなのを考えると、かなりのスピードで離れているに違いない。
精密超振動波砲の余波が見える。
砲撃を仕掛ける部分も、窓明かりも、切り口から左右対称に減ってゆく。
やがて宇宙戦艦は、ただの灰色の塊になった。
おーい。気高き敗者奴隷バンザイ団。
君らの気持ちは僕にもわかる気がする。
巨大な力が手に入るあてがあるから、それで自分の未来を切り開きたかったんだろ?
あてが外れて残念だったね。
これからは、その力で君たちが世界を守るんだ。
作品名:かき揚げ丼 フロンティア 作家名:リューガ