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紅艶(こうえん)

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 そうしたら、僕は恐ろしい事に気がついてしまった……あの日の父の顔が思い出される。そして、誠明と父の信用金庫との関係……間違い無い、稔さんに釣りを教えたのは父だ! そしてもう一つの事実にも気がついた。
 だが、それを推理して得られる事実の訳が判らなかった。これでは推理とは言えない。父は僕に何かを隠している。それが何なのか、そしてそれが判れば真実が見えて来ると僕は思うのだった。

 父に訪ねたくても月の初めは金融機関は忙しい。当然毎晩父の帰りは遅い。
 僕は父に訊く機会を中々取れなかった。ならば、その時間が取れるまで、別な謎に取り組まなくてはならない。それは、この鈴目の家と佐伯の家の関係だ。兄に電話をして確かめた。
 すると惺子さんのお父さんは祖父の教え子なのだそうだ。そしてその教え子が兄と言う関係だという……両家は繋がりがあったのだ。兄弟では僕だけがその繋がりの外に居たと言う訳なのだ。
 そして兄は、大事な事を僕に教えてくれた。それは父もこの系列に加わって来ると言う事を……つまり、惺子先生のお父さんと父は大学時代の友人だったと言う事だ。
 これは何を表すのだろうか? もしかしたら、父と惺子さんはそれこそ惺子さんが生まれた頃から知っている仲では無いのだろうか? 
 ならば、どうしてあの時に僕には初対面の様なふりをしたのだろう? あの時は確か母もいた。母はその事を知らないのだろうか? 
 母も知っていたのでは無いだろうか? それでいて僕だけを騙す理由は何なのだろうか?
 その事を兄に尋ねてみようかと思ったが止めた。恐らく兄は詳しい事は知らないだろうし、僕に正直に言うとは思えなかった。

 学校では惺子先生の授業は好評で、今まで古文の授業なぞ寝ていた奴らまでも真剣に黒板に向き合ってる。ただ、授業を真面目に聞いてるのじゃ無く、惺子先生を見ているのだ。
 学校側は講師ではなく、正式に教員として採用したいと考えている、とかウワサされていた。当然僕の家の離れに暮らしていると言う事も次第に判って来て、僕の周りには惺子先生情報を聞き出そうとする奴らが何時も居る様になった。
 これでは元から諦めていたが、学校で先生と接触するのは無理だった。
 それでも授業をしている惺子先生は活き活きとしていて、はつらつとしている惺子先生を見るのは嬉しかった。
肝心の授業も評判が良く男子生徒は無論のこと女生徒にも人気があり評判が良かった。何だか女生徒からも手紙を貰っているらしかった。当然男子は手紙だけでは収まらず、先生に対する熱い想いは膨らんで行くばかりだった。
 
 そんな事を繰り返しているうちに、四月も中盤になり、どうやら父の仕事にも余裕が出て来たみたいだった。
 その日は母が友達と逢うと言う事で出かけていた日曜のことだった。僕は今日しか無いと決意した。
 遅く起きた父はあくびをしながらダイニングで新聞を読んでいた。初夏と言っても良いくらいの暖かさで、薄い上着一枚で過ごせそうだった。
 僕はそんな父に近づき
「父さん、訊きたい事があるんだ」
 そう言うと、父は僕の言葉に反応して
「なんだ、言えない事以外は話してやるぞ」
 多少の誇張を含めながら父は僕に向き合ってくれたので、僕は腹を決めて
「まず、惺子先生と父さんは昔からの知り合いだったという事。そして、惺子先生が離れを下見に来た日なんだけど、僕が学校から帰った時に、寿の小父さんと帰らずに先生は母屋にまだ居たんでしょう?」
 僕がそれを訊いて来るのが判っていたのか父は驚きもせず
「良くそこに気がついたな……確かに俺と惺子先生は旧知の間柄だ」
 そう言って僕を見つめた。
「父さん、本当の事を言うとね。母屋の一部からは離れの中が覗けるんだよ。だから掃除しながら僕は母屋に誰かがあの時居たと言う事を知っていたんだ」
「そうか……と言う事はその先の事も判ってると言う事だな」
 父は新聞を折りたたんで、手元にあったお茶を一口飲むと
「そうだ、あの時惺子さんは母屋にいた。だが彼女のお願いで、お前から隠したんだ。それはお前には見せたく無いものを渡す為だったのだが、惺子さんの希望でもあった」
「どんな?」
「実はな、惺子さんは今年の二月に誠明に見学に来ている。四月からの講師の話をするためだがな。その時にお前を見ていて思ったそうだ。鋭い子だと……」
 そんな事があったのは知らなかった。二月に惺子先生が来ていたなんて……
「僕は鋭くなんか無い……」
「だが、そうは思わなかった。そうだろう? 成績だって優秀と言っても良いし、周りの評判も良い。まして惺子さんには人に言えない秘密があった。その事はとっくに気がついているのだろう?」
 父は淡々と僕に言う。まるで「お前ならこのぐらいは判って当然と言外に言われている様だった。
 「母さんはそこまで知ってるの?」
 僕の訊き方がおかしかったのか、父は笑いながら
「知らないよ。あの時に母さんと惺子さんは初対面だった。何も知らない」
 それだけが救いだった。あんな事は誰も知らない方が良い……本気でそう思った。
「その時何を渡したか、大体想像がついているのだろう? お前の想像通りのものだよ。あれは世間に出してはイケないものだからだ。惺子さんだけが持つべきものだからだ」
 父はそう言って二杯目のお茶を飲み干した。その味は苦かっただろうか?
「それだけでは無いんでしょう? 金庫の為でもあるのでしょう……」
 それを言うと父の顔色が若干変わった。
「そして、寿の小父さんも事情は知っていたんだね?」
 あの日、素知らぬふりをした寿の小父さんも父はきっと抱き込んだのだろう……秘密を守る為に……
「父さん、寿の小父さんも事情は知っていたのでしょう?」
 僕は繰り返し言うと、父は顔色ひとつ変えずに
「ああ、稔さんの死体が海に流れたか一緒に確認した。あいつにはそれだけの事情があったからだ」
 ならば僕の周りで知らなかったのは僕だけだったと言う事なのか……

「どうするんだ? 惺子さんに言うのか? すべてを、彼女に……」
 父は僕を試しているのだろうか? 
「父さんは惺子先生とは子供の頃から知っているの」
 その事に対して父は驚くべき事を僕に告げた
「名付け親だ。惺子と言うのは俺がつけた。反対に悟は佐伯がつけた。お前の名は誰がつけたと思う?」
 まさか……父の口調から感じるのは一つだけだった。
「当時、小学生だった惺子さんが、俺と佐伯が書いた幾つかの名前から選んだのだ」
 そうか……惺子先生は僕の名付け親だったのか……そして生まれた時、いいやその前からの付き合いだったんだ……
「だから、お前に対しては特別な感情を持っていたのさ……そう言う事だ」
 特別な感情……僕は惺子先生に特別な感情を持っている。だが、今までそれは僕だけだと思っていた。
 惺子先生は何故その事を僕には知られたく無かったのか? 
 父は黙って庭を見ていた。恐らく言いたくは無かった事で、僕には秘密にしていたかった事なのだと思った。そして、今となっては全てを惺子先生に訊くしか無いと思った。そして真実を語り、認めて貰う事を……
 思いを巡らす僕に父は驚くべきことを口にした。
作品名:紅艶(こうえん) 作家名:まんぼう