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紅艶(こうえん)

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「すいません、隠し事は止めます。もう本当の事を言います。あの日弟は「花ケ崎」に釣りに行っていたそうです。東京にいる頃はやらなかったのですが、こちらに来てからやる様になったそうです。あの日も学校が春休みなので釣りに行ったそうです。でも知っているのはそこまでです。その後どうして弟がああなったのかは分かりません」
 僕はあそこで転落したと聞いて、不思議だった。「花ヶ崎」の突端が危険な事は地元の人間なら誰も知ってる事だ。そこをあえて行くのは釣り人しかいないと思う。そこから考えたのだった。
 僕は問題はそこに一人で行ったのか? それとも誰かと一緒だったのか? と言う事だ。一緒だったなら、その人が真実を知っている訳だ。果たしてそれは誰なのか? 僕は未だ調べなくてはならない事があると思うのだった。

 家に帰って来て、惺子先生と別れて、自分の部屋で今までの事を箇条書きにして整理してみた。
 一.惺子先生と弟さんは双子で、しかも美男子だった。
 二.性格は開放的で、女性の友達も多かった。
 三.釣りをやり始めていて、当日は「花ケ崎」で釣りをしていた。
 結局色々な事が判った気がしていたが、事実はこれだけだった。情報が少ないと思う。
 本当は警察が当時、何故事故と断定したのかを知りたかった。まさか警察には訊けないので、こちらから調べるしか無い。明日春休みの最終日に図書館に行く事にした。地元の新聞か地方版を閲覧してくるつもりだった。
 
 翌朝、惺子先生は学校に行かなくてはならないので、朝早く出かけてしまっていた。僕はゆっくりと起きると朝食を採って図書館に行く為に自転車を出した。
 自転車を漕ぎながら色々な事を考えてみる。そういえば、あの日、惺子先生が離れを見に来た日、父は何故家にいたのだろう? 父は地元を中心に支店網を広げている信用金庫の支店長だ。仕事の他に色々な場所に呼ばれるので昼間から家に居るなんて事は無いのだが、何故かあの日は家に居た。それもおかしな話だと思うが、それがこの事件に関係しているのかは判らない。それに……惺子先生は未だ僕に言って無いことがあるような気がした。

 図書館に着いて、利用カードを出す。これは誰でも発行して貰えるのだが、これが無いと本もCDも借りる事はおろか、今回の様に過去のデータを利用することも出来ない。
 カウンターで一昨年の三月と四月のこの地方の地方紙と全国紙の地方版を見せて貰う様に頼む。
一々申し込み用紙に書きこむのが煩わしい。
 十分程待って、閲覧用のデイスプレイ、つまり端末の番号を知らされる。
「鈴目さん、三番の端末をご利用下さい」
 言われた通りに三番の端末に座り、操作を開始する。程なく事件の事を書いた記事は見つかった。
「高校講師、桟先ヶ崎から転落、死体で発見される」
 どの新聞も内容は同じだった。「釣りをしていた佐伯 稔さん(二十三)高校講師が桟先ヶ崎の突端から転落して海に投げ出されて、海岸で発見された」と言うものだった。
 その三日後の記事には稔さんが釣りに行って居たという事実だけを淡々と書いていて、釣りの時に同行者がいたかは書いていなかった。
 この時僕は中学生だったがこの事件は記憶に無かった。「花ケ崎」での事故は良くあるので、特別に意識しなかったのかも知れないし、最も当時通っていた中学から「花ケ崎」は中学生には遠く、しかも学区外だったので、訊いても「ちょっと遠い地域の事」と思ってしまったのかも知れなかった。まあ、知っていたとしても今更どうしようも無いのだが……
 幾つかの記事をコピーして貰い持ち帰った。参考にはならないだろうが、帰って惺子先生に見せるつもりだった。
 明日からは学校が始まる。そう自由な時間がある訳では無いし、惺子先生は僕よりもっと忙しくなるだろう。やはり僕が調べ無いとならないと思った。

 家に帰り昼食を食べると、自分の部屋で情報を整理してみる。一番の収穫は名前が判った事だ。稔さんという、佐伯稔さんだ。何故惺子先生は名前を言わず「弟」と言っていたんだろう? 深い意味は無いのだろうか……それと東京時代はやらなかった釣りをこの地方に来てから始めた事。
 恐らく誰かに勧められたのだろう……そこまで考えて、僕はあることに気がついた。稔さんに釣りを勧めたのは父では無いだろうか……父は釣りが趣味だ。もしかしたら二人は何処かで知り合ったのかも知れなかった。趣味が合うと言う事は実際にある事だからだ。
 そう考えると色々な謎が解きほぐれて来た感じがした。それと同時に僕の心に疑惑が湧いてきたのも事実だった。
 夕方になり惺子先生が帰って来たので、図書館でコピーした記事を幾つか渡すと先生は
「ありがとうございます。東京の新聞には乗らなかったから、記念になります。あ、記念と言うのはおかしいですね。国語の教師として失格ですね」
 やや、ハニカミながら笑う様は僕にとっては天使に見えた。この人の為なら真実を必ず解き明かしたいと思うのだった。

 翌日からは新学期だ。惺子先生と一緒に家を出る。実はこの時間が僕にとっては一番大事な時間だ。誰にも邪魔されない時間なのだ……
 惺子先生は今日からは髪を纏めてポニーテールにしている。余りにも良く似合うので褒めたらば「授業で黒板に振り向いたりして髪がバラけると授業しづらいので纏めたのです」
 僕は世界で一番ポニーテールが似合う人だと思ったが、事実は事務的な事だった。
 校舎の前で先生と別れて、クラス分けの張り紙を見ると2年A組だった。腐れ縁の村上も一緒だった。
 教室に入ると、村上が近寄って来て
「今日から惺子先生が勤務するんだよな。俺達の古文の授業も見てくれるんだよな。楽しみだよ俺」
 全くこいつは何を言っているのだろう。確かに惺子先生の授業なんて本当に眼福ものだが、「先生が教え方が上手いとは限らない」そう村上に言うと
「お前は夢がない」
 そう言ってむくれてしまった。
 
 全生徒が集まる始業式で正式に惺子先生が紹介されると、在校生の男子が一斉にざわついた。それほどのインパクトがあったのだ。村上が小声で
「もう、一部ではお前とウワサになってるらしいぞ」
 そんな事を教えてくれるが、確かにこの前の喫茶店に入った時も目立っていたかも知れないと思う。だが、今は真相を解明する事が先だと思う。
 今日は授業が無いので早々と帰ろうと自転車置き場に行くと見知った顔と出会った。父の信用金庫の行員さんだ。
「こんにちは、今日は早く終わったのですね」
 そう挨拶され、特別親しい訳では無いがたまに家に来る人なので
「そうなんです。授業は明日からですから。ところで、この学校に用事ですか?」
 僕は以外な場所で出会ったと思い疑問を持ち、尋ねてみると
「ええ、誠明学園はウチのお得意様ですから。学費の納入や校舎等の建て替えの融資とか、お世話になってるのですよ」
 それを聞いて、そうか、そう言う繋がりなのだと理解した。

 学校の帰りに今日もコンビニに寄る。漫画雑誌の発売日だからだ。今日も肉まんを食べながら漫画を読んでいると既視感を感じた。そういえばあの日もこうやって同じ事をしていたっけと思い出した。
作品名:紅艶(こうえん) 作家名:まんぼう