サンタとまん丸お月さま -正月編-
「へっ、何だよ柄にもねえ。父ちゃんがやってなかったら、俺が宮部をガンドでたたっ斬ってたかもしれねぇぜ? 結果は変わらねえよ」
それは俺自信、何度も考えたことだった。十年間誰とも付き合おうとしないサチを見ながら、俺達のしたことは本当にサチの為だったのかと何度も何度も自問していた。
「そうだな……。おっとやべぇやべぇ、バカ三太に慰められてちゃ俺もお仕舞いだぜ」
「ちぇっ、人がせっかくよぉ」
「今度は俺の出番だな三太」
「出番? 出番ってなんだよ」
「実はよ、サチの転院する大学病院の近くにアパート決めてきたんだ」
「ア、アパート!?」
「あぁー。お前は仕事があるし、しーちゃんは子供たちの面倒見なきゃいけねぇ。かと言ってあんな遠い所通える距離でもねえだろう。そしたら俺がサチの傍に引っ越すのが一番手っ取り早いじゃねえか」
「そりゃ、そうだけどよ」
「それによ、俺は入院患者の世話は母ちゃんで慣れっこなんだよ。あらよってなもんだぜ」
「でも、金はどうするんだよ? アパートつったって、敷金だの礼金だの……それに、あっちに住んじまったら父ちゃん自身の生活費だっているんじゃねえのか?」
「そんなもんはあれだよ、俺にだってお前の知らねぇ蓄えってもんがあらぁな」
「嘘こけこの年金暮らしが。 蓄えなんて定期かき集めて、こないだ夢だったクラウン買ったとこじゃねぇか。……あ、まさか……父ちゃん!」
俺はツッカケ姿で飛び出して、店横ガレージのシャッターを開けた。
〈ガラガラッ〉
昨日まで、そこに威風堂々と佇んでいた真っ黒なクラウンの姿は、もう何処にもない。行き場をなくした神社のお守りステッカーだけが、柱に寂しく貼られていた。
いつもそうだ。何でもかんでも相談なしに自分の考えだけで決めてしまう。
あんなに毎日嬉しそうに磨いてたじゃねえか。貯金全部つぎ込んで、これが俺の四十年間の結晶だって笑ってただろう。琴葉や幹太とドライブに行くのあんなに……あんなに。
俺が肩を落として縁側まで戻った時、父ちゃんはまた空を眺めていた。
「あーあ、見つかっちまったか。ひでーんだぜ、買った金の半分になっちまいやがんの。ヘッ、つっ立ってねーで……まぁー座れや三太」
「……」
俺は父ちゃんにここまでさせちまった自分が情けなくて、黙ったまま隣に腰掛けた。
「なぁー三太、昔俺が大事な順番の話をしたの覚えてるか?」
「あぁー、覚えてる。はっきりと……覚えてるよ」
「お前にとっての守りてぇ順番の一番目が、しーちゃんや子ども達であるようによ」
「……あぁ」
「俺にとっちゃあ三太とサチ、お前らがそうなんだよ。そんでしーちゃんが嫁に来てくれてよ、琴葉が生まれ幹太が生まれてな……。フッ、いい歳したおっさんが、いつまでも拗ねたガキみてえな顔してんじゃねえよ」
「痛てっ」
久しぶりに父ちゃんのデコピンが飛んできた。
「俺の順番のてっぺんは母ちゃんが死んだ時一回減っちまった。それをお前が一生懸命また増やしてくれたんじゃねえか。よくやってるよ……お前はよ」
コップ酒の水面が、俺の涙で揺れた。
やべぇ……父ちゃんの前で泣くなんて、男が涙を見せるなんて……クソッ、止まれ、止まれ。
「嬉しいもんだぜ、一番が段々増えてくってのはよ。そんで今回のサチの病気だよ。俺は思ったね、これは結婚するまで何にもできなかった不器用な俺をよ、こんな時の為に母ちゃんが修行させてくれてたんだってな」
俺たちを残して母ちゃんに死なれて、めちゃくちゃ苦労してたじゃねえか、おまけに今度は娘まで病気になって。なんであんたはそんな事が言えんだよ、なんで腐っちまわねんだよ。適わねえよ……父ちゃん。
「俺の車なんてもんはただの道楽だ。順番の上の方じゃねえ、会社の箱バンの方がよっぽど大事な位だぜ。惜しかねぇ、惜しかねぇよ。それでもまだそんな顔してくれるんなら三太、いつかお前がクラウンプレゼントしてくれ、中古でいいからよ」
「へッ、バカ言ってんな。今度はピカピカのベンツ買ってやるさ、真っ黒のな。それ乗って警察に職務質問でもされてやがれ」
「じゃあーサングラスも頼むぜ、レイバンでな」
「どこでそんなもん覚えてきたんだこのジジイ!」
「お-寒みぃ、冷えてきやがったから俺はもう寝るぜ。じゃあな、残りの酒はおめえにやるわ」
それからもう暫く、俺は一人で月を肴に酒を飲んだ。
――順番……か。
一週間後、転院するサチの荷物を抱え、本当に父ちゃんは引っ越していった。
*
「悪いな三太くん!」
「いいっスよ社長……いやいや、お義父さん」
「ハハ、君にお義父さんと呼んでもらうのはもう諦めたよ。ちょっと一服しようか」
「すんません社ちょ……あ。エへへ、ありがとうございます」
今日は連休を利用して、久々に子ども達を連れて詩織の実家にお邪魔している。
ちょうど材料の配達便が来た所で、力仕事に駆り出されたというわけだ。仕事での長年の社長呼びから、俺は十年経ってもお義父さんとは呼べていなかった。
工場の一角にある休憩所でお義母さんの入れてくれたコーヒーを頂く。例えインスタントでも労働の後で飲むと格別に美味い。
「三太くん、せっかく遊びに来てくれたのにごめんなさいね。この人ったら人使いが荒いもんだから」
「いやいや全然いいっスよ。動いてたほうが気が紛れるし」
「かみさんの実家なんてそんなもんだよなぁー。どこにいたって居心地のいいもんじゃないさ」
「い、いやいや、そういう意味で言ったんじゃないです……はい」
「所で、あれからサッちゃんの具合はどうだい? なかなかお見舞いにも行けなくてすまないね」
「いんですよ、本人もまだ人にはあんまり会いたくないって言ってますし。体調はまぁー、ぼちぼちってとこです。元々自覚症状も殆ど無い状態での発症でしたから、薬が効いてくれて本人は元気に暇を持て余してますよ」
難病治療には家族の協力が不可欠だ。詩織も会社の電話番など今までと違う仕事で時間を取られている。以前のように好きな時に実家へというわけにもいかない。社長達にもサチの病気のことは隠さず打ち明けていた。
「あまり人に会いたくないのは、やっぱり薬の副作用のせいかい?」
「……そうだと思います。やっぱりステロイドって、効き目が大きい分副作用もきつくて。今は顔が……本当にお月様みたいにまん丸にむくんでしまいました。先週、琴葉と幹太を連れてったらサチの奴『サッちゃんアンパンマンみたいでしょ』って笑うんですよね」
「それは……なんとも、辛いね。女性としては」
「最近ちょっと視力にも影響が出てきたみたいで、こないだなんか片目だけターミネターみたいに真っ赤っかになってて……、充血なんてレベルじゃなくて。そんなこと、ネットや本で症例調べたって全く出てないんです。俺、心配になって先生に聞いたんですけど、『大丈夫です』の一言しか……」
「三太くん……」
サチの病気の件は、家族以外には誰にも話していない。詩織にさえ心配をかけてしまうだけだから、いつも簡単な説明だけで終わらせていた。
作品名:サンタとまん丸お月さま -正月編- 作家名:daima