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サンタとまん丸お月さま -正月編-

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「えっ、凄いお父さん 大正解! ボーナスポイント獲得で……」

「もういいって詩織。父ちゃんそれってまさか」

「へっ、やっとわかったか三太。将吾だろ、酒屋のよ」

「えーー! マジかよ、将吾ぉ!?」


将吾は同じ町内に住んでる酒屋の息子で、サチの同級だった奴だ。俺と父ちゃん二人の大酒飲みがいるうちは、いつも将吾の店に酒の配達を頼んでいた。

何を隠そう幼い頃にサチをイジメていた張本人で、俺がゲンコツを一番多く喰らわせた相手でもある。

俺にとっては昔の喧嘩友達、サチにとっては幼馴染と言えなくもない。


「そう言えば将吾の野郎も、まだ独り身だったな……。全く頭になかったけどよ」

「うーん、そうか……。将吾か」


俺はこの街で、同じように家業を継いで頑張ってる懸命な将吾の姿を知っている。何とも言えない複雑な感情が湧いていたのは、父ちゃんも同じだったに違いない。

だが、ここからの展開が俺たちの予想を遥かに超えて早かった。

サチが早々に将吾との結婚を決めてしまったのだ。

頑固一徹で決断が早い父ちゃんの血を一番強く引いていたのは、案外サチだったのかもしれない。

両家の挨拶、結婚式の日取り決めに会場予約。全てがトントン拍子に進んでいった。順調に……誰もがサチの異変に気がつかないほど、順調過ぎるほどの早さで進んでいったんだ。



――それは一本の電話からだった……。


「はいもしもし、藤木金物店です。はい、藤木幸は私ですが。え?……はい。……わかりました、また予約して伺います。はい、失礼します」

「どうしたサチ? 今の電話なんだって?」

「あのね兄ちゃん。こないだ皆んなで健康診断受けたじゃない?」

「あぁー、組合のいつもの奴な。診断結果が忘れた頃に来るんだよな、意味ないっつーの」

「その病院からだったの。意味……あったみたい」

「なに? それって、どう言うことだよ」

「なんか早急にお伝えしたいことがあるからって。兄ちゃん一緒に行ってくれる? 何だか一人じゃ心細くってさ」

「おう、あたりまえだ。つうか、病院が早急にって言うなら、ちょっとでも早いほうがいいんじゃねぇのか。午前の診療時間まだ間に合うだろ」

「うん、そうだね。ちょっと着替えてくる」


俺はサチを会社の箱バンに乗せて病院へと向かった。

病院と言っても健康診断を受けたここは小さな個人医院に過ぎない。詳しい説明などはなく伝えられたのは血液検査の数値異常だけ。市内で一番大きな総合病院の紹介状を貰い、サチは血液の精密検査を受けることとなった。


そして後日、検査結果として伝えられた病名は……。


『全身性エリテマトーデス』一般的には膠原病と呼ばれる病気だった。


担当の医者からすでに危険な状態だと言われ、サチの即日入院が決まった。その日から三日間、点滴による一回八十mgにも及ぶステロイドの大量投与が始まった。この治療法をパルス療法と呼ぶらしい。

そしてサチの病状が落ち着き次第、専門医がいる大学病院への転院を強く勧められた。

難病、ステロイドと言う非現実的で重すぎる響きに打ちのめされながら、俺はできる限り、この病気について調べ情報を集めた。


――全身性エリテマトーデス―― 【SLE:膠原病】
通常自分を守る為に働くはずの免疫が、反対に正常な細胞や組織を攻撃してしまう自己免疫疾患。発症原因が不明な為、未だ完治する方法は確立されていない。約一万人に一人の発症率で国からの難病指定を受けている。
免疫疾患という性質上、様々な合併症状に広がりを見せ、関節、腎臓、皮膚、肺、心臓、脳、血液細胞などが損傷を受け、脱力感、疲労感、かゆみ、胸の痛み、脱毛などを引き起こす。
特に腎臓の障害が重篤になると腎不全に進行し透析が必要となる。心臓や肺では胸膜炎、また、多彩な精神神経症状もみられ、うつ状態・妄想などの精神症状とけいれん、脳血管障害に発展する。
まだステロイドの使用が始まっていなかった一九五〇年代の五年生存率は約五〇パーセントであったが、現在では約九〇パーセントとなっている。また、感染症を起こした場合でも、決してステロイドを中止してはいけない。
長期間にわたるステロイドの内服のために副腎皮質のストレス反応が十分に起きにくくなっているため、中止すると副腎不全を起こしてショック状態になる危険があるからである。
またステロイド薬の副作用には、無月経(生殖器障害)、満月様顔貌(がんぼう)等があるので、慎重に適応を考える必要がある。


つまりサチは一生治らない、たとえ病状が軽くなってもステロイドはこの先ずっと飲み続けなきゃならないってことか。何だよ無月経って……、サチはこれから結婚するんだぞ。

やっとこれから、将吾と幸せになるんだぞ。これから……これから。くそったれが!

SLEを調べた今ならわかる。サチは、サチの体は確かに信号を送っていた。サチがダルそうに見えたのは、らしくない忘れ物をしていたのは、全部全部病気のせいだったっんじゃないのか。

俺がもっと早く異変に気が付いてやっていたら……、もっと早く病院に行かしてやれていれば。俺の頭に後悔の波ばかりが押し寄せていた。



             *



数日後、サチの転院先が決まった。入院期間は恐らく三ヶ月程度、家から車で片道四時間はかかる。とてもじゃないが毎日通える距離ではなかった。


「ただいま~」

『パパー、おかえんなさい!』

「三ちゃんお疲れ様。サッちゃんどうだった?」

「あぁ、もうだいぶ落ち着いてたな。おう、今日もジジと三人で風呂入ったのか?」

「うん! ねー幹太」

「ねー琴葉」

「それでジジは?」

「裏の縁側でお酒飲んでるよー」


小さいながらも我が家には、裏庭と縁側がある。庭木の隙間から見える空を眺めながらここで酒を飲むのが、父ちゃんは昔から大好きだった。


「おう三太、帰ってきたか」

「あぁー。大学病院へ行く日決まったぜ」

「そうか。色んな手続きも全部おめえに任せちまって、すまねえな」

「なんだよそれ? あたりめえだろ、兄貴なんだからよ」

「たまにはお前も一緒にやるか?」


父ちゃんは俺を待っていたんだろう。波々と注がれたグラスの横に、もう一つ空のグラスが置いてあった。


「ふぅーー、うめえ!」

「美味いだろ。今日持ってきた将吾の酒だ」

「あいつ……何て?」

「やっぱりサチとは結婚できないそうだ。お袋さんにどうしても孫を見せてやりてぇってよ、泣いて土下座されちまったぜ」

「そっか。あいつは家業もあるしな」

「親のことを持ち出されちゃぁーな。俺にどうこう言える道理はねぇよ」


父ちゃんはグラスに残っていた酒を一気に飲み干した。

空の月がこちらを見ている。俺はまた、将吾の酒を溢れるほどに注いでやった。


「そらよ」

「おう。なぁー三太」

「うん?」

「あん時よ」

「あん時?」

「あぁー、十年前のクリスマスの日よぉ。もしも俺が先生を追い返さなかったら、今頃サチは子供の一人でも抱いて……幸せになってたのかなってよ」