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サンタとまん丸お月さま -正月編-

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話せない、相談できないというのは自分で思っていた以上に俺の心に重しを載せていたようだ。つい社長の気遣いに甘え、さっき『サチは元気だ』と説明したのが嘘のように、病状や治療に対する疑問が口を衝いて出てしまった。


「……あ、なんか俺、ここまで話すつもりなかったのに……。すみません……社長」

「いいんだ、私でよければいくらでも話してくれよ。親子だろ?」

「……。この先、サチの人生どうなるんだろって……、ちゃんとやってけんのかなって。俺と違って真面目……っていうか、気持ちが弱いとこあるし」

「三太くん、いきなりですまないが、私がどうして君と詩織の交際をすぐにOKしたかわかるかい?」

「え、俺てっきり自分の仕事ぶりを認めて下さってたんだとばっかり……」

「ハハハ……、勿論それもある。それもあるんだがね、一番大きな理由は、君が源さんの息子だったからだよ」

「え! と、父ちゃんですか!?」

「あぁ、あの男の息子なら間違いないってね」


結婚前、詩織からよく『お父さんも三ちゃんのこと褒めてたよ』って聞かされていた。俺はすっかり自分の営業態度がいいからだと信じ込んでいた。


「一見ぶっきらぼうで強面で、とても営業なんて向いてない男に見えるだろ? でも源さんには一つだけ、誰にも真似できない凄い所があるんだよ。何だかわかるかい?」

「父ちゃんの凄い所ですか? 社長にそこまで言ってもらえるようなとこは……、正直、全く見当つかないです」

「源さんにはね、社交辞令がないんだよ」

「あ、はぁー」

「今、何だそんなことかって思っただろ?」

「はい。あ、いや……」

「普通はそうなんだよ、それで当たり前なんだ。だって世の中社交辞令で成り立ってるようなもんなんだから。でもね、私が出会った人間の中で源さんだけは違った」


こんなに熱っぽく誰かに語って貰える父ちゃんを、同じ男として少し羨ましく思えた。


「私も一応会社を経営する身だからね、色んな人から仕事の発注話だったり、遊びの誘いを受けるよ。もしも家を建てた時は是非ミサキさんの建具を……とか、今度一緒に一杯やりましょう……とかね。

もしも、いつか、また今度……、その殆どが話だけで終わってしまう。言った方も、言われた当人でさえも本気にしてないから、すぐに忘れてしまうんだよね。

ところが源さんときたら、今度一杯と別れ際に言ったかと思えば、私好みの酒を持ってひょっこり玄関に現れてウチの奴をビックリさせるし、今度お客さん紹介しますって言えば、本当に新築の施主さんを連れてきて、従業員皆んなで徹夜したりね」

「へへ……。父ちゃんらしいっすね」

「あぁ。長年付き合ってみてわかったよ。この男には社交辞令ってもんがないんだ。この男にとっては全部が小さな約束で、それをコツコツコツコツ破らずに、守ってきたんだろうってね」

「俺には……とっても無理です。そんなこと」

「私にだって無理さ。だって、社交辞令を約束に数えてしまったら、破られて傷つくのは自分だからね。源さんの本当に凄いのはそこかな、相手を許す度量の大きさ。だからね」

「……はい」

「結局ね、私が言いたいことなんて単純なんだよ。三太君もサッちゃんも、同じあの父ちゃんの子どもなんだから。心配しなくて大丈夫ってことさ!」

「ウッ!」


そう言いながら社長は、俺の背中をおもいっきり叩いた。痛いけど……痛くない。ビリヤードの玉のように、何かが俺の中から弾き飛んだ。


「……。そうですよね、俺がこんなことじゃあ、向こうで頑張ってるサチや父ちゃんに笑われちゃいますよね」

「そうだよ、今は三太君が藤木家の大黒柱なんだ。そろそろ源さんを安心させたげてよ」

「はい、俺やります。小さな約束をいっぱい守りまくって頑張ります。よっしゃーー!」

「三ちゃん、何吠えてんの!」

『パパ、何吠えてんのー?』

「おう詩織!琴葉!幹太! 俺はやるぜ、やったるぜ」

『パパ~、変なの~』



今日“お義父さん”と話せて良かった。俺は確かに何かが吹っ切れた気がしていた。

――そして……。



             *



-2017年- 元旦 


正月をゆっくり家で過ごせるように、退院日を少しだけ早めたサチが今日、いよいよ父ちゃんと一緒に帰ってくる。

本当は母ちゃんの命日に間に合う退院日を希望していたが、残念ながらそれは叶わなかった。

心配していたステロイドの量も二〇mgまで減らせたから、日常生活には支障をきたさないと判断してもらえた。この量なら月一度の通院検査で治療が可能だ。副作用も随分と軽くなった。まだ無理は禁物だし直射日光も避けなければならないが、いつもの事務仕事なら復帰できる。

俺はサチに病院まで迎えに行くと伝えていたが、『いいから待っていろ』と後になって父ちゃんが連絡をよこしてきた。家の中にいても落ち着かないし、もうそろそろ着く頃だろうと家族全員玄関先に出て待っている所だ。


「ねえパパ、サッちゃん遅いね」

「ママ、ジジ達今どの辺かなぁ?」


琴葉と幹太が案の定待ちくたびれた様子で聞いてくる。


「おっかしいなー、俺ちょっとそこの角まで走って見てくるわ」

「あ、三ちゃん!」


数十メートルダッシュしてから近所の角を曲がろうとしたその時……。


「うわっと! あっぶねぇなこの野郎! どこ見て運転してやがんだ!!」


趣味の悪い型遅れの黒塗りベンツが、怒鳴った俺の数メートル先で止まった。


やばい……。内心ヒヤヒヤしながらも、ゆっくりと降りていくパワーウィンドウから目が離せないでいた俺の視界に、サングラスをかけた見慣れた顔が飛び込んできた。


「父ちゃん!?」

「おう三太! 出迎えご苦労ご苦労。ほらよ、お待ちかねのお姫さんだぜ」


今度はスモークガラスのリアウィンドウが開いた。


「兄ちゃん……、ただいま!」

「サチ。お、おか……えり」

「いやーよ、そこでコソコソうちの方覗いてる怪しい奴がいたからよ。ふん捕まえてたら遅くなっちまったのよ」


父ちゃんがロックを解除したトランクから、ニョキッと顔を覗かせたのは……。


「お久しぶりです。三太兄さん……テへ」

「将吾まで!?っていうか、誰が兄さんだバカ野郎! てめぇがなり損ねさしたんじゃねえか!」

「まぁーまぁー三太くん。正月早々怒鳴っててもつまらんよ」

「一番怒鳴りてぇのはてめぇだよ父ちゃん。この古くせえベンツどうしたんだ言ってみろ!」

「あーあーこれ? 参ったぜ。母ちゃん頃と違ってよ、入院の付き添いって意外とやる事ないのな。あんまり暇なもんで、病院食堂でバイトして中古の……」

「……もういい」

「あ? 何だよ聞いてくれよ。このサングラスなレイバ……」

「もういいつってんだろうが!!」


元旦の抜けるような青空に俺の叫び声がこだました。


「おい将吾!」

「は、はい!」

「てめぇは急いで店に帰って、一番いい酒持って来い!」

「ラ、ラジャー!」

「父ちゃん!」

「はい!」

「このままサチを連れて、まずは母ちゃんの墓参りだ。帰りに美味い魚買ってきてくれ」

「おうよ!」