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サンタとまん丸お月さま -正月編-

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第2章 『正月編』




――ステロイド投与の副作用から
  顔が月のように丸く大きくなる症状を、ムーンフェイスと呼ぶ――



-2016年- 秋



「父ちゃん! 脱いだものくらいカゴの中入れといてよ。 しーちゃん大変じゃない!」

「いいのよサッちゃん。どっちみち……ほらね」

「もう! 兄ちゃんまで~。ゴメンねー、私の教育がダメだったんだわ」

「詩織がいいってんだから、別にいいじゃねえか。なぁー父ちゃん」

「おうよ! しーちゃんは優しいからな、お前と違っていちいちガミガミ言わねぇのよ」

「悪かったわねー、いちいち煩くて! もう帰るわよ帰ればいいんでしょ……お疲れ様でした!」


あれから十年がたった。聞いての通り、我が家は相変わらずの騒がしさだ。

すぐに長女(琴葉)その一年後に長男(幹太)が生まれたこともあり、結婚後も、そのまま暮らしていた詩織の部屋では手狭になってしまった。

それならばと実家で父ちゃんと同居することにした俺達に代わり、今はサチが近くのアパートで独り暮らしを始めていた。

藤木金物店は代替わりして、父ちゃんが会長で俺が社長。とてもじゃないが詩織に見せられる経営状態じゃないので、事務はそのままサチに任せている。

まぁ、俺も社長と言ったって、やってる仕事は前と大して変わっていない。配達兼 営業兼 社長兼……ケンケンパーの大安売りだ、まったく。

父ちゃん? 十年前が嘘みたいに、すっかりお祖父ちゃんを満喫中だ。社長を退いたのを機に念願だった車も買った。

いつかはクラウン……。そう思っていたのは知っちゃーいたが、その真っ黒なボディーはどうかと思うぜ父ちゃん。ゴツゴツの厳つい顔が窓から覗いたら、そっち系の人にしか見えないんだよ。

まあ、口笛吹きながら楽しそうに洗車してる姿を見てると、昔の苦労を知ってる分こっちまでニヤついてくるけどな。


「そんなに毎日磨いてたら、せっかくの塗装が禿げて銀色の車になっちまうぜ?」

「うるせえバカ、天下のロイヤルサルーン様だぞ。今度の日曜はドライブだからな、鏡みてえにピカピカにしとかねぇとよ。こーとちゃーーん、かーんちゃーん♡ ジジがとってもいい所に連れてったげるからね~」


オエー。孫ができると、人間こうも変わるもんなのか。


「さあさあ! 今日はどっちがジジとお風呂に入るのかなー?」

「はーい、私が入るー!」

「えー姉ちゃん、今日は僕の番じゃんかー」

「仕方ねぇなぁー、今日は三人で入るとするか!」

『うん!!』


へへ……、やれやれだ。


「あ、ところでサチ。頼んどいた見積りの清書しといてくれたか?」

「え? 私頼まれてたっけ?」

「おいおい、明日お客さんとこ持ってくからって、昨日俺がいつもみたいに手書きして渡しといただろう」


俺もパソコンを使えるには使えるが、事務歴が長いサチと比べると仕上がりが段違いだった。


「お前最近ちょっとたるんでんじゃねぇのか?」

「ごめんごめん、持って帰って明日の朝に持ってくるから。琴に幹太、じゃあねーバイバイ!」

『バイバーイ!』


それにしても家で一番のしっかり者だったサチが、ここんとこ妙にミスが多い。仕事中もどこかダルそうに見えるのは、社長になった俺の見る目が厳しくなったからなのか?


「しっかしサチの奴、毎日毎日ギャーギャーと。だんだん死んだ母ちゃんに似てきやがんなぁー三太」

「そうか? そりゃあ父ちゃんが無茶ばっかしてたからだろ。俺達にはすっげー優しかったからなぁー母ちゃん」

「あいつももう三十二か……、いつの間にか母ちゃんに追いついちまったな。どっかに貰ってくれる奴はいねーもんかねぇ」

「見合い話なんて、写真も見ずに断っちまうしな」

「……」


サチと宮部は、結局俺と父ちゃんが無理やり別れさせたようなもんだ。

家族を選んだこの十年、恋に臆病になりずっと独り身でいたサチ。口にこそ出さないが俺たちは、どこか後ろめたい気持ちが拭いきれないままでいた。


「ん?」


何だか詩織がさっきから落ち着かない。大きな瞳を不自然にパチパチさせながら夕飯の支度をしている。

詩織の瞬きがいつもより多い時は決まって何か隠し事をしている時だ。俺は十年の結婚生活から、それを見抜いていた。

クリスマスに誕生日……、バレバレサプライズの気づかない振りで苦労したのは、いい思い出なのだが……。


「なぁー詩織? お前ひょっとして……」

「なになになに? 私なぁーんにも知らないよ! あ、そうそう子ども達のパジャマ取ってこなきゃ」

「なに急に焦ってんだよ、まだ俺なんも聞いてねーだろ」

「そうだぜしーちゃん、もしもサチの事で何か知ってんなら教えちゃくれねーかい」


あれ? 詩織の癖に気がついてたのは俺だけじゃなかったみたいだ。


〈パチパチパチパチパチ……〉


やばい、詩織の瞼が超高速回転している……、明らかなる動揺。

まぁー嫁さんが隠し事が苦手ってのは、旦那としては悪いことではない。


「ど、どうしたいしーちゃん!」

「詩織、もういいもういい! 全部吐いて楽になっちまえ!」

「あぁーもう、私ってどうしていつもこうなんだろ。琴に幹太、ジジとお風呂入るんならタンスからパジャマ取っておいでね」

『はーーい』


琴葉と幹太は二人して奥の部屋に走っていった。


「サッちゃんゴメンなさい、内緒の相談って言われてたのに……。ふう~、お父さん三ちゃん……あのね」

『お、おう』

「サッちゃん……サッちゃんプロポーズされたんだって」

「プ、プロポーズ!?」

「プ、プロポーズって、あの、結婚して下さいってぇ……あれかい?」

「他にあるわけねえだろー父ちゃん。で、相手は誰だ? 付き合ってる奴なんていなかったはずだぞ」


俺たちが気がついてなかっただけなのか? いやいやいや、今までの経験からいってそれはない。サチはサチで、その辺はとてもわかりやすい奴なんだ。一途に思い詰めてしまう分とても……。


「そうなの、付き合ってはないの。でも、でも付き合いはとっても長いの」

「あ? よく話が見えねえなぁー。付き合ってないけど、昔からの知り合いってことか?」

「はい、 三太くん大正解! 五百ポイント獲得ーー!」

「よっしゃー! これで逆転優勝も夢じゃない……って、冗談言ってる場合じゃねえんだよ。ほら見ろ、父ちゃん思考が完全停止しちまってるじゃねえか!」

「プ、プロ……プロ……」


どうりで最近サチの奴、仕事に集中できてないわけだ。それにしても、付き合ってもないのに結婚申し込むなんて思い切った奴がいるもんだ。


「なぁ詩織、付き合いが長いって事はもしかして、俺や父ちゃんも知ってる奴なのか?」

「もちろん、よーくね」

「よーく? うーん……。ダメだダメだ、いくら考えたって全く誰の顔も浮かんでこねーよ」


腕を組んだ父ちゃんが、小難しい顔で顎の無精髭をさすっている。こんな時、以外に勘が働くのが父ちゃんの恐ろしいところだ。


「しーちゃん、今俺の頭ん中に一人だけコイツかもって奴がいるんだが……。昨日も家に来てなかったか? 軽トラ乗ってよ」