そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
流された血
潤子が買い物から戻り、夕食の準備を始めている。瑞はその背中を見つめ、切り出した。
「すみません、お聞きしてもいいですか」
どうぞ、と彼女はこちらに向き直って微笑んだ。優しいおばあちゃん。志帆が唯一の味方だとそう言っていたのを思い出す。
夕刻。志帆はまだ分家から戻らない。伊吹と颯馬は、本家筋の家系図を借りて熟読中だ。郁は昨晩、足音騒動のあとよく眠れなかったため、仮眠をとっているところだった。
「あなたは代々、古多賀家に仕えていると聞いています。歴代の当主や古多賀のいえの人間の中に、女の幽霊を見たというひとはいませんでしたか?」
伊吹のもとへやってきた血まみれの女。あれを、歴代当主も見ているかもしれない。
「女、ですか…わたしにはわかりません。ああでも…女…」
コンロの火をとめ、潤子は思い出すように天井を見つめる。
「一族の古い方は、家の外から女が入ることを大変お嫌いになりますねえ」
「というと?」
「代々ご長男と婚姻されるのは、一族の遠縁から選ばれた女性で、お見合い結婚なんですよ。一般女性とお付き合いをしていても、絶対に結ばれることはないようです。必ず、遠縁のものから選ばれます」
それは大変に時代遅れな風習であるように感じられる。一族の血姻に絶対の誇りを持っているということなのだろうか。
「真司郎さんのお嫁さんも…」
「ええ、真司郎さんの叔父の母親の筋の女性だった方です」
「それもその、古い方とかいうひとが娶せたのですか?」
潤子は微笑んだ。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白