そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
惨劇の夜
ボーン、ボーン…
鐘がなっている。音。これはそう、客間の柱時計の音だ。郁は静かに覚醒し、隣で眠る志帆が深く眠っている様子を確認する。
「ごめんね、寝ちゃってた…」
「いいよ。まだ何も起きてない」
瑞と颯馬が明るい光の下で話をしていた。横になっている伊吹は眠っているようで、静かな寝息が聞こえている。
「二時の鐘が鳴ったよね?」
「ああ。昨日足音が聞こえた時刻が近い」
布団からはい出し、郁は辺りを見渡す。清潔な六畳の和室に変化はなく、部屋の外では物音ひとつしない。静かすぎる夜だ。
「二人とも寝てないの?大丈夫?」
「交代でちょっと寝た」
「お腹空いてきたねー」
三人でどうでもいい話を交わしていた。このまま何事もなく夜が明ければいいのに。郁のそんな祈りは、虚しかった。
「……」
ギィー…
ぴん、と会話が途切れ、三人は口を閉ざした。何か、聞こえた。ひどく不愉快な音。
ギィー…、ギィー…、ギィー…
それは確かに足音だった。郁は全身を硬直させ、その音を確実にとらえようと集中する。廊下を、誰かが歩いてくる。
「きた」
いつの間にか布団の上に上体を起こしていた伊吹が、真っ青な顔で襖を睨む。彼の周囲には、天狗神社の御神水で結界が張ってあるはずだが、表情は苦しげだ。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白