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霞み桜

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「な、何だ。何がおかしいッ」
 ヒステリックにわめき立てる男に、結衣はさもおかしそうに笑ってやった。
「あんたも馬鹿ね。おとっつぁんはまだ五十前なのよ? 私のおっかさんを亡くして、ずっと男一人で娘の私を育ててくれたの。そんな父親がどこぞの亭主持ちのおかみさんとよろしくやってたのならともかく、縄暖簾の女将と良い仲になってたからって、どうしていちいち私が騒ぎ立てなきゃならないの?」
 結衣は作蔵を睨んだ。
「たかだか父親の色恋沙汰で私が狼狽えるとでも思った?」
「この!」
 作蔵が結衣の髪から紅い櫛と小さな簪を抜き取った。漆黒の艶やかな髪が意思を持つ生きもののように流れ落ち、白いすべらかな背中を覆う。
 その髪を鷲掴みにし、作蔵がグッと結衣の顔を持ち上げた。
「お前はどうも今の自分の立場が判っていないようだな。それとも、主家の跡取りへの口の利き方を忘れたか? 忘れたなら、私が思い出させてやろう」
 いきなり掴んでいた髪を放されたので、結衣は畳で顔をしたたか打った。
 どうやら、ここは随明寺門前道の幾つか立ち並ぶ出合茶屋の一つのようである。時ここに至り、結衣は何ゆえ作蔵があの場所を指定したかを悟った。この卑劣漢は最初から薬で結衣の自由を奪い、ここに連れ込むつもりだったのだ。
 作蔵はゆっくりと結衣の背後に回った。
「結衣、俺は優しい男だ。だから、お前がどれほど無礼な物言いをしようが、囚われた哀れな女の世迷い言だと思い、聞き流してやろうじゃねえか」
 言葉が途切れない中に唐突に、結衣の背中に得体の知れぬ感触が走った。続けざまに走ったその感覚を何に例えれば良いのか。
 さざ波のように背筋を駆け抜けたそれは妖しい震えとなり四肢に伝わる。その感覚を与えられる度に、華奢な身体を跳ねさせる結衣に、作蔵がさも優しげに囁いた。
「お前が今、感じているのはこれのせいだ」
 眼前に突きつけられたのは紅い筆だった。結衣の親指ほどの太さの穂先、持つ軸の部分も紅い筆。
 結衣は?感じる?という言葉の意味も知らぬまま、男に告げた。
「私は感じてなどいない」
「なるほど、あくまでも言い張るか」
 作蔵が結衣の白い背中に紅筆をすべらせる。また妖しい感覚が背筋を這い回り、結衣の身体がビクビクと波打つ。あまつさえ声が出そうになり、結衣は必死に飲み込んだ。
 作蔵の濡れた声が耳朶に触れる。
「俺が何も知らねえと思ってるようだが、お前のことは何でもお見通しなんだぜ? お前、八丁堀の若え同心と懇ろになってるんだろ。北山某とかいったか? 粋な同心だと女たちにもてはやされて調子に乗って色男ぶってるようだが、あんなすかした野郎にお前は渡さねえ」
 結衣は唾棄するように言った。
「あんたには関係ないわ」
「大ありだよ、お前は私だけの女、獲物だからな」
 作蔵の声が低くなった。彼は烈しい眼で結衣を射竦める。
「虫も殺さねえような楚々とした娘の癖に、この身体で一体何人の男を銜え込んでるんだ? 正直に白状しろよ。どうせとっくにその北山とかいう同心とやっちまって、生娘なんかじゃなくなってるくせによ」
 あまりの屈辱に眼の前が怒りで紅く染まる。結衣は唇を噛みしめた。あまりに強く噛んだので、血の味が口中にひろがった。
 近づいた作蔵の顔に結衣はペッと唾を吐きかけた。
「源一郎さまはあんたのような下衆とは違う。一緒にしないで」
「お前はどうでも私を本気で怒らせたいようだな」
 作蔵の切れ長の眼(まなこ)が嫉妬と憤怒で燃えていた。結衣が身じろぎする度に、俯せの形で繋がれた白い魅惑的な裸身が小刻みに揺れ、合わせるように双つの胸のふくらみもふるりと揺れる。
 作蔵の粘ついた視線がふくらみの先端で慎ましく息づいている薄紅色の乳首を舐めるように見つめた。
「そんなに嬲られるのが好きだというなら、望み通り嬲り尽くしてやるよ」
 あられもなく大きく広げられた両脚の狭間に作蔵が陣取った。何をされるかも判らないまま、結衣の身体を激痛が貫いた。
「―っ」 
 結衣の可憐な唇から悲痛な声が洩れた。
 
 どれほどの刻が経ったのだろう。結衣は緩慢な動作で立ち上がった。足許には鮮血を帯びた男が仰向けになって無様な姿で転がっている。
 結衣は屈み込んで、男の首筋に手を当てた。脈は規則正しい。この分では、死ぬことはあるまい。おびただしい血のように見えるけれど、たいしたことはない。傷も浅いことを確認したし、一時、気を失っているだけだ。
 そこで結衣は自分を嗤った。ここまで徹底的に貶められ嬲られて、それでもなお自分はこんな男が死んだかどうかを気にしている。この甘さがこの愚かな男に付けいる隙を与えたのだ。
 作蔵によって純潔を散らされた結衣はあの後、徹底的に慰みものにされた。結衣が生娘であったことは作蔵にとって愕きではあったようだが、逆に男を歓ばせ、その嗜虐心を更に煽った。結衣は初めて男を知ったばかりの無垢な身体を踏みにじられた。
 幾度めかに抱かれた後、結衣はそれまでの反抗的な態度をかなぐり捨てた。この男から逃れるためにはそれしかないと悟ったのである。
―っ、こんなのはいやです。
 少し甘えた声音で訴えるように言えば、すぐに男は反応を示した。
―ん? 何がいやなんだ。
―私だけ若旦那さまに翻弄されるばかり。私も若旦那さまに触れさせて。
 遊廓通いばかりしているだけあり、作蔵の女体を陥落させる技巧だけはそこそこのものだった。初な処女であった結衣が反応を示せば、その箇所をこれでもかというほど責め立ててくる。結果、結衣はあっさりと陥落し、作蔵に触れられ、あられもない声を上げ、身をくねらせた。
 死ぬほど辛くて嫌なのに、大嫌いな男に身体中を触れられ舐められ、快感を憶えている我が身が堪らなく穢れてしまったように思えた。それでも男から逃れたい一心で本心を押し隠し甘えた声でねだり、縄を解かせたのだ。
 案の定、これまで反抗的だった結衣が甘えると作蔵は馬鹿みたいに歓んで、すぐに手足を縛めていた縄を解いた。
―若旦那ァ。
 下半身をいきり立たせた男の膝に向かい合うようにして大股を開いて跨りながら、結衣は鼻にかかった甘ったるい声で作蔵を呼んだ。さんざん男に蹂躙されつくした下半身のあわいを男自身が深く貫いたのと、結衣が隠し持った簪の切っ先で男の背中を貫いたのはほぼ同時のことだ。
―き、貴様。
 作蔵はひと言呟き、その身体は崩れ落ちた。立ち上がった刹那、結衣の秘所から男が幾度も放った体液が生温く糸を引いて滴り落ちた。
 私はもう、生娘ではない。源一郎さまにふさわしい綺麗な身体ではなくなった。
 そのことが無性に哀しくて辛い。けれど、私はゆかなければならない。
 結衣はのろのろとその場に落ちていた緋縮緬の長襦袢を拾い上げ、身に纏った。着ていた着物は作蔵がどこかに隠したのか、見つからなかった。そんな中で櫛と簪だけがすぐ傍に落ちていたのは不幸中の幸いであったといえよう。
 この遊女が纏うような長襦袢といい、目覚めたときに身に付けていた腰巻きといい、どれもが血のような紅色だった。おまけに手足を縛めていた縄や筆までが紅ときている。
 あの男、やはりどこか頭のネジが緩んでいるに相違ない。
作品名:霞み桜 作家名:東 めぐみ