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蝉時雨~昭和19年・夏~

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「ここはどこ?……」
 急に喧しさを増した蝉時雨で目を醒ましたさくらは辺りを見回した。

 小さな漁港を見下ろす丘の上、大きな木の下に座って画を描いていたはずなのに、心地良い風についうとうとして目覚めると辺りの景色が変わっている。
 いや、漁港を取り囲む岬の形は変わらない、座っている丘の形も……変わっているのは家並みの様子なのだ。

 大学の夏休み、海辺の小さな町にある祖母の家に遊びに行ってしばらく泊めてもらうのが小学校時分からの慣例になっている、ここにやってくるとなぜか落ち着いた気分になる、とりわけこの丘から眺める海は大好きで今までも何枚もスケッチしているのだ。

「まるで昭和初期みたい……」
 カラフルな家々は消えていて、その代わりに茶色の南京下見に灰色のセメント瓦の家が並んでいる、数もだいぶ少なく2階家は数えるほど、そして、道路は舗装されていないし電柱も木製……。
(あ……もしや……私……)
 SF小説でしか読んだことのない言葉が頭に浮かぶ……。
「画、上手いね……」
 急に背後から声をかけられて飛び上がった……振り返ると開襟シャツにダブダブのズボン、おまけに坊主頭の青年が背後からスケッチブックを覗き込んでいる。
「見かけない顔だけど、どこから来たの?」
「東京から……あの、それより今は何年ですか?」
「変なこと聴くんだな、昭和19年だけど?……」
 町の様子、青年の格好、そして昭和19年……にわかには信じがたいが間違いない……。
「昭和……やっぱり、私、タイムスリップしちゃったんだ……」
「タイムスリップ? なんだい、それは」
「時間を遡っちゃったってこと……私が元いた時代は平成20年なの」
「平成?何のこと?」
「あ……昭和天皇が崩御されて、昭和から平成に年号が変わったの」
「大正から昭和に変わったように?」
「ええ、私、64年も時を遡っちゃったんだわ……」
「そう言えば昔この木の下で神隠しがあったって話を聞いたことがあるけど……僕は眉唾ものだと思ってるし、君の話も俄かには信じられないな」
「そんな……何か証明できるものは……あ、これを見て」
 スマホを取り出し、スケッチを始める前に撮った漁港の写真を見せる。
「これはなんだい? 写真みたいに見えるけど」
「うん、これは写真よ、64年後には誰でもこんな機器を持ってるの」
「本当に?……でも村の様子がまるで違うな」
「ちょっと待って……」
 同じアングルの写真を撮って表示してみせる、青年は目を丸くした。
「本当だ……本当にこれは写真機なんだね、それも総天然色だ……しかも撮ったその場で見られるなんて……驚いたな」
「でも本当は電話なの」
「これが? 線も繋がっていないし、第一、写真機じゃなかったのかい?」
「電波で話せるしカメラ機能も付いてるのよ」
「こんなに小さいのに?……どうやら君が未来から来たって言うのは信用するしかないみたいだね……64年後にはこんな機械を誰もが持ち歩いているのか……それと……君の時代では若い女性はみんな君みたいな格好をしているの?この時代では目立ちすぎるよ」
「あ……」
 夏のこと、ショートパンツにキャミソールという格好、確かにこの時代にこれは目立ちすぎる。
「とりあえずあの納屋に隠れようか、格好だけじゃなくてその髪の色も警官や口うるさい年寄りに見つかったら面倒なことになりそうだ」
 そう派手ではないが茶色に染めている、確かにこの時代では外国人だと思われそうだ。
 


「さっきの写真機で未来の写真を見られるかな?」
 納屋に落ち着くと青年が言う。
 さくらは保存していた写真を次々と表示して見せる、新宿都庁の展望室から撮った写真に青年は目を見張った。
「こんなに高い建物が何本も……ここはどこだい?」
「これ、64年後の新宿よ」
「本当かい? すごいな……」
 六本木界隈で撮った写真にも目を見張る。
「随分洒落た店が並んでるね、自動車の数もすごい」
「これくらいの繁華街は他にも幾つかあるわ」
 青年はしばし液晶を見つめていたが、ふと顔を上げてこちらを見つめる。
「今、大きな戦争の最中だって知ってるかい?」
「ええ、もちろん……まさかその時代に迷い込むとは思わなかったけど」
「こんなに発展してるということは、日本は勝つんだね?」
「え?……あ……だめ、話せないわ」
「どうして? 知ってるんだろう?」
「私の時代には時間旅行を扱った小説が何本もあるの、過去に旅した人間は未来の事をしゃべっちゃいけないのよ」
「……そうか……歴史が変わっちゃうかもしれないからだね? まあ、僕程度の人間なら歴史が変わるほどのこともないだろうけど」
「でも、私がしゃべったことであなたの運命が変わって、後の時代の人が忽然と消えちゃったりするかも……」
「ああ、確かにその位の可能性はあるかな……でも、まあいいや、未来の日本がこんなに発展するって知れただけでも良かったよ、戦地に赴く甲斐もある」
「戦地?兵隊さんになるの?」
「ああ、明日ここを発つんだ」
「戦争しに行くんだ……」
 自分の中では戦争は絶対の悪、そう習ったし、そう思って来た、兵隊と聞くと粗野で傲慢な男のイメージが浮かぶ、しかしこの青年は親しみやすく、優しく、むしろ知的なイメージ、しかし未来の日本が発展するならば戦地に赴く甲斐があるとまで……。
「男の背広の形はあまり変わってないけど、随分ぱりっとしてるね」
 困惑しながら青年を見つめている間も、青年は熱心に写真を見ている。
「でも女の人の服装は今とはまるで違う、外国の映画みたいだ……小さい頃見たことがあるんだよ」
「直に外国の映画も自由に見られるようになるわ」
「そうなんだ……でもね」
「なに?」
「奇麗な女性がたくさん写ってるけど……その……なんだ……君が一番奇麗だよ」
「え?……」
 街角でナンパされるのとは重みが違う……ちょっとドギマギしてしまった、平成の世では慣れっこだったのだが……。
「だいぶ暗くなった、家まで送ろう、家はどこ?」
「お祖母ちゃんの家に泊まってるの、遊びに来てて……あの漁村の外れの……あれ?」
「どうした?」
「お祖母ちゃんの家が……ない……」
「建て替えて形が変わったんじゃないか?」
「ううん……空き地なの」
「そうか……おそらくこの時代にはまだなかったんだろうね」
「お祖母ちゃんはここで生まれたって聞いてたからてっきり……」
「困ったね、他に行くあては……あるはずもないか……それにその格好と髪の色……仕方がないな、家に来るかい?」
「いいの? ご家族は?」
「いや、親父はこの戦争で亡くなってね、お袋は元々丈夫な性質じゃなかったけど、戦死の知らせを聞いてから寝込んじまって……僕がこれまで徴兵されなかったのはお袋の面倒を見てたからなんだ、でも先月亡くなってね、今は一人さ……男一人の家に年頃の女性を泊めるのも上手くないけど、どのみち明日には出征するんだし……」



「お袋が着てたものだけど……」
 青年が浴衣を出してくれた。
 他に行くあてもなく、青年の好意に甘えることにしたのだ。
 浴衣は色あせて生地もへたり、しかもつんつるてんだったが、何だかこの時代に少し馴染んだような気分になった。
作品名:蝉時雨~昭和19年・夏~ 作家名:ST