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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hidden swivel

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【九】-【十三】


【九】 六年前 二〇一一年 二月四日 午後十時

「帰れないね」
 神沢は手袋とマフラーで完全武装状態になった姿で、構内の窓から真っ白になった駅のロータリーを見下ろした。
「こんな風になっちゃうんだね」
 織島は、ショートカットの金髪頭を寒そうに振り、暖房が効いているのに手を擦り合わせた。真面目とは正反対のレッテルを貼られている、クラスの厄介者。神沢と織島は、その中でも際立って悪いほうに光っていた。織島の、真面目にしようという気など最初からないような醒めた態度は、誰も変えられなかった。親も完全に放任していて、一日帰らなかったぐらいで、心配するというのは想像できなかった。
 神沢も同じで、格好は織島ほど派手ではないが、親が娘に大した関心を寄せていないという点は完全に一致していた。目線が鋭く、神沢は何でもお見通しのように見られることが多かった。誰でもかまわず話しかける織島よりは、一歩引いた態度を取ることが多かったが、二人はお互いのでこぼこが完全に合致したパズルのピースのように、友情で結ばれていた。
 織島は、中学校の校章が入った鞄を持ったまま来たことを悔やみながら、それが周りから見えないよう小脇に抱えて、ロッカーにもたれかかった。
「こんな日に限って、だよね」
「だね」
 制服姿の二人は顔を見合わせて、笑った。今日は、二人が『チャレンジデイ』と呼ぶ日だった。他校の学区に堂々と制服姿で入り込み、他校の生徒がたむろするような場所を荒らして回る。そのほとんどは、万引きや落書きだった。今日のハイライトは自転車で、後ろに貼られたシールに、中学校の県大会でよく知られた水泳選手の名前が書かれていた。その自転車を盗んで、最後は川に投げ捨てた。持ち主と違って、全く泳ぐことなく沈んでいく自転車を見ながら、二人で声を上げて笑った。
「親に電話かな」
 織島が言うと、神沢は馬鹿にしたように笑った。
「結局、頼っちゃうよね」
 その言葉は、自身にも向けられていた。織島は『お互い様』と言う代わりに肩をすくめた。死ぬ手前までは泳がせてくれる。むしろ死んで波風を立てるほうが、迷惑がるに違いない。それが、二人の親に対する共通認識だった。織島は携帯電話を取り出して目線を前に向けた。そして、目を丸くした。
「沙希?」
 神沢は携帯電話の画面から目線を上げた。私服に着替えていたが、三ツ谷沙希が歩いているのが見えた。意外なのは、この雪の中で、困った様子が全くないということだった。どこか優雅で、学校内では成績優秀なお嬢様で通っていた。かといって誰かに苛められるというなこともなく、神沢と織島も普通に話せるぐらいには仲が良かった。
 三ツ谷は、二人に気づかないまま階段を降りていった。織島は振り返って、ロータリーが見える窓に張り付いた。どのように駅から出ても、ロータリーを見ていればその姿を追うことができる。興味津々な様子で、織島は言った。
「あの子、外に出てどうするんだろ」
「帰ってくるかな」
 神沢は、ロータリーに現れた三ツ谷の後姿を見ながら、窓越しに手を振った。織島が吹き出した。
「気づくわけないじゃん」
「まあ、そうだけどさ」
 三ツ谷は一面の雪を見て、途方に暮れているようだったが、やがて国道のほうへ向けて歩き始めた。神沢と織島は、階段を下りていった。想像以上に寒い中、三ツ谷が歩いていった方向を見ながら、顔を見合わせる。織島が言った。
「どこに行っちゃったの?」
「わかんないよ」
 神沢はそう言いながら、足跡を確認した。雪はやっと収まり、今積もっているだけになったようだった。ローファーの跡を目で追い、指差した。
「あっちだ」
 その口調の固さに、織島は笑った。
「何なの、探偵?」
 しばらく早足で歩くと、三ツ谷が道路脇に肩をすくめて立っているのが見えた。
「沙希」
 織島が声をかけると、三ツ谷は跳ねるように振り返った。そして声の主が織島であることに気づいて、表情を和らげた。
「加世ちゃん、大雪だね今日」
 三ツ谷は笑った。神沢のほうを向いて、同じトーンで言った。
「頼子ちゃんも。二人も帰れないの?」
 神沢は、自分は帰れないわけではなくて、好きでここにいるのだと言い返したかったが、飲み込んでうなずいた。
「こんな道の真ん中でどうしたの? 凍っちゃうでしょ」
 三ツ谷は返事の代わりに、道路の向かい側を目で指した。人がいない田舎道。道路脇で雪を被っている路上駐車が数台。その中に、一台だけ生きているように、雪がほとんど積もっていない状態で停まっている車。それがゆっくり動き出して、少し横滑りしながら転回した。自分達の側に来てハザードを焚いたその車を見て、神沢は織島の顔を見た。織島の表情は驚きに満ちていて、車に釘付けだった。
「え、何? 彼氏?」
 三ツ谷は首を横に振った。
「違うよ。知り合い。県大会のときに声をかけられてさ。今日会うことになってたの。コーチなんだって」
 言い訳するようにすらすらと話す三ツ谷の姿を見ながら、神沢は言いようのない不安が頭によぎるのを感じた。自転車を川に投げ込むきっかけになった水泳大会は、一週間前にあったばかりだ。
「沙希、親は?」
「今日は、お泊り会だって言ってあるから」
「待ってよ、帰らないつもりなの?」
 織島は、泣いているようにも見える三ツ谷の横顔を見ながら、自身が保護者になったように咎める口調で言った。三ツ谷は、神沢と織島の方を向いた。
「親、離婚するの。わたしがいるから別れないって、何度も言ってたのに勝手だよね。だからわたしも勝手にする」
 突然の内部事情の告白に、神沢と織島は顔を見合わせた。織島はかじかんできた手を胸の前で合わせたまま、言った。
「そりゃあ、親は勝手にするかもしれないけどさ」
 頭で考えもしないうちに、今の自分からは想像もつかない、物分りのいい単語が次々と飛び出した。神沢も同意するようにうなずいた。それが合図だったように、運転席のドアが開いて、今の時代に全くそぐわないような古い車から、男が降りてきた。織島が神沢に耳打ちした。
「正直、かっこいいね。ちょっと年上すぎないかな」
「転べ、転べ」
 神沢はさらに小さな声で耳打ちし、織島がくすくす笑った。男は三ツ谷に言った。
「いやあ、雪になっちゃったね」
 三ツ谷は、さっきとは打って変わって、笑顔でうなずいた。男は神沢と織島のほうを見て、自分よりも寒そうな格好をしている二人に情けをかけるように、眉をハの字に曲げて困ったような顔をした。
「妹さんの友達?」
「ええ……、そうです」
 三ツ谷は不自然に目を伏せて返事した。
「大会、残念だったね。ちなみに俺は大島」
 大島は、神沢と織島に一瞬笑顔を向けて、三ツ谷に言った。
「まさか、放ってくわけないよね? 歩いて帰れるぐらいのとこまでなら、送ってくけど」
「はい……」
 三ツ谷の返事で、その言葉が自分たちのことを指していると気づいた神沢と織島は、二人のやり取りを聞いてひとつの結論に達していた。県大会で声をかけられたとき、三ツ谷は私服で来ていた。そして、大島にとっては、神沢と織島は『妹の友達』だった。織島が神沢に耳打ちした。
「年、ごまかしてるよ」
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ