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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hidden swivel

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 神沢はうなずいた。その時、三ツ谷が神沢と織島の方を向いた。その表情は、嘘がほころびる前にどうにかしたいという必死さに満ちていて、神沢はため息を小さくついた。誰の名前を騙っているかは、大体想像がついた。惜しくも負けた、我が校の自由形のエース、矢野真理子だろう。それが外れたら三ツ谷には恨まれるかもしれないが、神沢は言った。
「真理子ちゃん、惜しかったですよね」
 大島と三ツ谷の表情が変わらなかったことで、神沢は自分の予測が当たったことを悔やんだ。三ツ谷は、矢野真理子の姉だと嘘をついたのだ。神沢は織島の背中に、軽く押すように手を触れた。織島は唇をぎゅっと結んだ後、三ツ谷に言った。
「すごい雪ですよね、ほんと困っちゃった」
「重そうな鞄だね。トランクに入れたらどうかな?」
 大島は慣れた手つきでトランクを開けた。織島は鞄をトランクへ入れて、頭をぺこりと下げた。
 助手席に三ツ谷が乗り、後部座席に神沢と織島が座った。
 停まっている間に積もった雪をふるい落とすように、大島の運転するギャランは横滑りしながら走り始めた。驚くほどの安全運転に、神沢は織島は少し緊張を解いて、背もたれにようやく背中を預けた。
 三ツ谷が、運転席のほうを向いて言った。
「雪って知ってたら、来ましたか?」
「何となく、嫌な予感はしてたよ。毎年この時期によく降るからね」
 大島は、古めかしいシフトノブをせわしなく操作しながら答えた。神沢は二人のやり取りを聞きながら、速いスピードで流れる外の景色を眺めた。手に負えない。その言葉が頭に浮かんだとき、三ツ谷が言った。
「携帯電話、持ってないんですよね?」
「文明の利器は、あんまり得意じゃないんだ」
 大島はそう言って、笑った。織島が意外そうに、運転席と助手席の間に顔を覗かせて言った。
「便利なのに」
 大島は笑ったまま首を横に振った。
「まあ、使ったらやめられなくなるんだろうけどね。みんな持ってるの?」
「みんな持ってますね」
 神沢は代わりに答えた。自分のややぶっきらぼうな態度が会話を強制的に終わらせることを、少し期待していた。しかし、大島がバックミラー越しに寄越した視線は、神沢が期待したのとは真逆の効果をもたらしたようだった。
「二人は、こんな時間まで何をしてたの?」
「わたしたちは、いつもこんな感じなんです」
 神沢は自分自身を突き放すように言いながら、それでも最低限の愛想は保った。織島が運転席と助手席の間に居座ったまま、流れる景色を見ていた。三ツ谷が言った。
「この二人が、クラスで一番やんちゃなんです」
「はは、そうなんだ」
 大島はそう言って、助手席に乗り出しダッシュボードを開けた。三ツ谷が思わず姿勢を正し、恥ずかしそうに目を伏せた。ダッシュボードを閉じた大島は、シフトノブを四速から三速の位置に入れた。回転が上がり、車内がエンジン音で少しにぎやかになった。
「お前、中坊なんじゃねえか?」
 その言葉の冷たさに、神沢は殴られたように首をすくめた。織島は自分の目線の真下で、大島の左手に握られたスタンガンが三ツ谷に向かって突き出されるのを見て、そこに思わず手を伸ばした。
「やめて!」
「うるせえよ!」
 大島は肘で力任せに織島を突いた。跳ね飛ばされるように後部座席に叩きつけられた織島は、激しく咳き込んだ。再び大島の手に収まったスタンガンが、手で顔を庇う三ツ谷の体に吸い込まれて、神沢の目には刺されたように映った。

【十】 二〇一七年 二月四日 午後九時

 展望台から見下ろしていた数時間前が、大昔のようだった。姫浦は誰も気に留めないような古びたアパートに立ち寄ると、薄汚いパーカーを遠野に差し出した。
「どうぞ」
「何だこれ?」
 パーカーだけを手に取った遠野は、居間と寝室に分かれた間取りを見回した。整理はされているが、カビの匂いが酷かった。姫浦はダンボール箱の中に手を突っ込んだまま、遠野の全身を検分した。そして、ジーンズとダウンジャケットを取り出すと、同じ仕草で差し出した。
「これでいいですかね」
「いいけど、この格好でいくのか?」
「ジーンズがきつかったら、もうワンサイズ大きいのもあります」
 姫浦はからかうように言って、別の段ボール箱を探った。自分の着替えを取り出し、寝室へ入っていった。遠野は、姫浦の姿が見えなくなったことを確認して、ジーンズとパーカーに着替えた。姿見に映すと、スーツ姿だったさっきとは別人の、人生の目的を失った一人の男がいた。今は目的があるが、それも終わりが見えてきていた。遠野は小さく息をついて、居間のソファに腰掛けてしばらく待った。スーツ姿よりも、薄汚いパーカー姿の方が、正確に内面を描き出していた。
 姫浦は、スウェット上下に着替えて居間に戻った。上が赤色で下が黒というちぐはぐな格好に、遠野は笑った。
「目立つんじゃないか?」
「この上から、黒を着ます」
 姫浦は先生のように言って、黒のジャージを羽織った。深夜にコンビニをうろついているような安っぽい雰囲気に変わった姫浦は、補足するように言った。
「目立ちたくないときと、敢えて目立ちたいときがあるんです」
「人間、みんなそうだよ」
 遠野は敢えて違う意味に捉えて、諦めたように笑いながら言った。

 三日前に、学食でまずそうにカレーを食べていた御池。それの再現だと、向かいに座る島内は思った。家族連れで賑わうファミリーレストラン。その中で、唯一通夜のようなボックス席。いつもは無関心を決め込んでいる島内自身も、今回ばかりは気が重かった。喫煙席がないことに文句を言いながら喫煙ブースへ消えていった押村は、二本目を吸っているのだろうか。辺りを見回しながら、島内は御池に言った。
「マジで、抜けるなら今だぜ」
「いいよ、もう」
 御池は死刑宣告されたような顔で、ハンバーグの残りかすをつついた。御池の手にかかると、どんな料理も手の込んだ『犠牲者』のようだった。島内は歯をカチカチ鳴らしながら、御池がそれに気づくのを待った。ハンバーグを苛めるのを中断した御池が顔を上げると、島内は言った。
「いやマジ、俺も抜けたいんだけどね」
 骨董品の、白いギャラン2000GSR。何もかもが好調に進んだとして、エンジンをかけるまでに一時間ぐらいはかかる。あんな田舎でも、人は通るに違いない。ガソリン、エンジンオイル、廃油処理箱、タイヤを膨らませる為のパンク修理スプレー、バッテリー、そしてジャンプケーブル。キーシリンダーを壊す為の工具類。しばらく走る為に必要なものは全て、御池のグランドハイエースに積まれている。
「じゃあ、何が起きたら抜ける? 決めようぜ」
 島内は、押村が帰ってこないことを確認してから、言った。御池はしばらく考えていたが、珍しく島内の専売特許である皮肉で返した。
「お化けに出くわしたら、抜けるかな」
 タッチの差で押村が戻ってきて、二人を目で元気付けるように交互に見ながら、言った。
「うまくいくって、何死んだみたいな顔してんだよ! ここにいるだろ、プロが」
 そう言って、島内を指差した。その指を避けるように、島内は目をそらせながらうなずいた。
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ