Hidden swivel
織島は、学校の方には目を向けることなく、うなずいた。何も変わらない。集合場所に使ってたコンビ二だってまだあるし、ゲームセンターは代替わりしてもゲームセンターのまま。それは、常に変化を求めて生きている織島にとっては、少し不気味でもあった。形を変えているようで、一枚皮を剥くと、そこには過去が横たわっている。懐かしいときもあれば、ふと怖くなるときもあった。
【六】 二〇一七年 二月四日 午前十一時
六年前、大雪が降った日。一人の女子中学生が行方不明になった。名前は、三ツ谷沙希。真面目で、成績も優秀だった。今年三十七歳になる瓦健吾は、当時県警の捜査本部にいた。刑事としてはまだ足を動かして物を覚える段階だったが、上司からの信望は厚く、三ツ谷の事件も主立って聞き込みをしたり、先輩刑事の手足となって機敏に動いた。少なくとも、一年間は。
「かわちゃーん、青だよ」
野崎ちはるが、隣でかったるい声を上げた。瓦の彼女で、二十二歳になったばかり。大学はほとんど休学状態で、キャバクラの客の扱いについて、実地でせっせと学んでいる。瓦は、警察時代の友人に連れられて入った店で知り合い、半年も経たない内に付き合うようになった。警察を辞めてからは、それこそ何でもありだった。車は黒のランドクルーザーで、今日は暗い色のスーツ上下。短く刈った頭ですら、そういったアイテムと組み合わされると、警察時代とは正反対の印象を与える。その自信に満ちた出で立ちは、野崎を惹きつけるのに十分だった。完全に自信を砕かれて警察を辞めたことを考えると、皮肉なものだ。瓦は、事あるごとにそう考えていた。
三ツ谷沙希は一年後、遺体で発見された。行方不明になった日だけ降った雪が、次の日に雨で洗い流されたことで、天候までが事件を闇へ葬るように動いたような、難しい事件だった。タイヤ痕はなく、防犯カメラは雪で判別しづらかった。
ゆっくりとランドクルーザーを走らせながら、瓦は当時のことを頭に思い描いた。判断ミスと呼べるような間違いは、誰も犯さなかった。ただ、誰もが諦めてしまった様子で、捜査本部は機能を停止したような濁った空気に支配されていた。家族に見せてもらった写真に収められた、三ツ谷沙希の朗らかな笑顔。それは、警察という組織に身を置いている以上、どこへ行ってもついてくる呪縛だった。そして、退職して六年になる今も、常に瓦の頭の中にあった。
駐車場へ車を停めて、瓦は野崎と一緒に細い路地を歩いた。野崎は、ここへ来るのは初めてだった。事前に全て話したが、それでもついてくると言ったから、連れてきた。これからは二人で訪れることができる。そう考えると、少し気が楽でもあった。
三ツ谷沙希の墓は、墓地の少し奥にあった。先客がいることに気づいて、瓦は少し離れたところで待った。今日は、六年前に三ツ谷が行方不明になった日だった。しばらく様子を見ていた瓦は、首をかしげた。どこかで、見覚えがある。一歩を踏み出し、警察時代の堂々とした態度を思い出しながら、声をかけた。
「失礼」
そう声をかけられた神沢は振り返って、少したじろいだ。織島は花を墓前に置いて、顔を上げた。
「あっ、すみません」
織島は、瓦の為に場所を空けた。瓦は花を供えて手を合わせて二人に向き直り、言った。
「友達……かな?」
「はい、同じクラスでした」
神沢の言葉に、瓦の記憶が猛烈な勢いで呼び出され、聞き込みをかけた同級生の顔が次々に浮かんだ。瓦は、怪しまれないよう先に自己紹介をした。
「おれは、瓦。当時、三ツ谷さんの事件を担当してた」
神沢と織島は、神妙な面持ちでうなずいた。織島が言った。
「そうだったんですね……。毎年、来られてるんですか?」
「そうだね、時間はまちまちだけど、毎年来てるよ」
「今も、捜査は進んでるんですか?」
神沢が尋ねた。瓦は、首を横に振った。
「おれはもう辞めたから、その辺はよく知らないんだ」
言いながら、瓦は二人の名前を思い出していた。神沢頼子と織島加世だ。聞き込みリストに入っていたし、当時直接色々と聞き取りをした。しかし、すぐに捜査上の重要人物ではなくなった。今は二人とも、まっとうな女の子に見える。当時は全く違った。この二人は、札付きの不良だった。真面目な生徒だった三ツ谷との交流はないと考えられて、早々に捜査線から消えた。特に、地味に見える神沢は性格も掴みどころがなく、聞き込みのときにカウンセラーが体に触れた瞬間、猛烈な勢いで振り払ったぐらいだった。
「では、私たちは失礼します」
織島がぺこりと頭を下げて、二人は駐車場へと歩いていった。瓦は、墓に供えられたばかりの花に目を向けた。丸いピンク色の花が中心に置かれた花束は、確かに毎年新しくされていた。これは、神沢と織島が供えたものだったということになる。
「お墓に供えるにしてはさあ、変わった花だよね。名前、何つったっけ?」
いつの間にか隣に立った野崎が、無理やり人間に変えられた蝶のようにひらひらした仕草で、言った。瓦は、そんなことには関心が向かない様子で、呟いた。
「あの二人、三ツ谷と友達だったのか?」
「お花供えるんだもん、友達でしょー。かわいそうだね」
野崎は欠伸をかみ殺しながら言った。瓦は、野崎を連れてきたことを後悔しながら、歯を食いしばった。何かがあったはずだ。あの元不良コンビと、三ツ谷を繋ぐ何かが。毎年、花を供えさせるだけの理由が。駐車場に戻ると、端に停められたミラココアの中に、神沢と織島が座っているのが見えた。
「ちはる、時間あるか?」
「おなか空いたよ」
野崎は愚痴るように言った。瓦は二人が駐車場から出て行くのを見届けると、急いで自分のランドクルーザーに乗り込んだ。野崎も同じように少し急ぎ気味に助手席へ乗り込むと、瓦より先にシートベルトを締めた。何が起きるのか、期待に満ちた顔を瓦へ向けて、言った。
「なになに? かわちゃん、どうしたの?」
「あいつらは、気にかかる。ちょっと、どこへ行くのか、見てみないか?」
「かわちゃん、ドラマの刑事みたい」
瓦は答える代わりにランドクルーザーを発進させ、国道に合流した。数台前にミラココアが見えて、しばらく道なりに走った後、国道から広域農道へと入った。瓦は十分に車間距離を空けて、同じ道へ入った。
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ