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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hidden swivel

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【四】 二〇一七年 二月二日 午前四時

 まさか、こんなすぐに決行するとは。島内は、御池の不器用な真面目さを不憫に感じた。田舎の一本道。ときどき分岐があるが、たいていその先は真っ暗な山道が続いている。正真正銘の田舎だった。明かりがついている家は一軒もないが、青色の街灯が防犯重点区域であることを示している。
 グランドハイエースのハンドルを握る御池は、言った。
「こんな田舎だし、誰も見てないよな」
「静かに運転してりゃ、大丈夫だろ」
 島内は他人事のように言って、助手席で体を伸ばした。地図によれば、もう近くまで来ていることになる。何にも興味が湧かない、自分の性格。ただ何となく車が好きで、免許を取ったら速い車を安く譲ると勧誘されたことで、自動車部へ入った。先輩のアドバイスを無視して、骨董品のような十五年前のランサーに乗っているが、四駆のほうが速いからという、単純な理由からだ。反抗する意思は全くない。御池のように悲観する理由もなければ、押村のように常に前のめりに何かを探しているわけでもない。島内は、客観的に見ても、自分が味気のない性格だということを自覚していた。
 御池が神経質にハンドルを操作しながら、言った。
「シマのランサーで来ればよかったな。速いし」
「マフラーに穴空いてるから、近所がみんな起きちまうよ」
 島内が言うと、御池は笑った。その言葉が御池を安心させるのか、本当に面白いのか、島内には分からなかった。結論の出ない問題から遠ざかって、暇をもてあましたように地図と現在地を見比べている内に、あっと声を上げた。
「近いぞ。左側」
「あった」
 御池はグランドハイエースをゆっくりと減速させながら、島内と同じ方向をじっと見つめた。白のギャランは、確かに空き地に停まっていた。ナンバーはついていない。その後ろに、空き地の持ち主と思しき、大きな一軒家が建っている。そちらは蔦が絡まっていて、不気味な様相だった。
「ギャランって、あれ何年式だよ?」
 御池がしかめ面で言った。島内はフロントグリルの丸い四つ目を確認してから、答えた。
「七七年か、七八年か。前期型だな」
 動くかどうかを確かめるには、あまりにも古い車だった。島内は、写真をあらかじめ寄越さなかった押村を頭の中で殴りつけ、年式を尋ねもしなかった自分の甘さを悔やんだ。同時に、押村があの車を欲しがる理由も理解した。確かに古い車だが、ここから見ても十分綺麗だ。ナンバーはついていないが、定期的に整備している持ち主がいないというのは、ちょっと信じがたい。
「まあ、前まで回ってみるか」
 島内が言うと、御池はグランドハイエースを静かに路肩に寄せた。
「何で停まるんだよ?」
「歩いていこう」
 御池はそう言って、返事を待たずに運転席から降りた。島内は、その奇妙な慎重さに呆れながら助手席から降りて、御池と一緒にギャランの前まで歩いていった。スマートフォンを取り出し、屈みこんで懐中電灯アプリを起動させる。白い光に照らされた底面は、うっすらと錆が浮いていたが、一部新品に見えるぐらいに綺麗な部品もあった。オイルの滲みもない。
「綺麗だな」
 島内は思わず呟いた。窓は真っ白に埃が積もっているが、軽くふき取るだけで中からは新品同様のガラスが現れそうだった。運転席側から底を改めて覗き込んだ島内は、フレームに沿わせるようにスマートフォンの光を滑らせた。何枚か写真に収める。
「フレームを修整した跡がある。これはダメなんじゃないか?」
 さっきから返事がないことに気づいて、島内は顔を上げた。御池は少し離れたところで、心配そうに見守っていた。
「お前な……」
 思わず呟くのと同時に、やる気も失せていた。一見綺麗だが、あの修整跡を見逃す業者はいないだろう。島内はタイヤだけ最後に確認した。ひび割れはないが、空気はかなり抜けている。
 グランドハイエースに戻って、島内は情報を整理した。押村に将来などというものがあるとして、それを守ってやるとすれば、このギャランは忘れるよう提案したほうが良さそうだった。御池はエンジンをかけて、暖房を全開にした。
「寒いな」
「何もしないで突っ立ってたからだろ」
 島内は笑いながら言って、暖房を少し緩めた。御池はグランドハイエースをUターンさせて、元来た道を引き返し始めた。
「どうだった?」
「フレームを修整してるから、あれはダメだな。いい値はつかないだろ。綺麗にしてあるけど」
「そうか、一万はなしか」
「まあ、捕まるよりいいんじゃねえの」
 島内はそう言って、押村に写真を送った。まるで待ち構えていたように、返事が届いた。
『フレーム修整なんて気にしないよ。いけそうだな?』
「もう返事きたぜ」
 島内が言うと、御池は露骨に不愉快そうな顔をした。
「何だって?」
「フレーム修整なんて、気にしない〜。だってさ」
 適当にメロディをつけて言うと、御池は笑った。そして、すぐ真顔に戻った。
「ちょっと待て、やるのかよ?」
「かもな。ちょっとけん制するわ。押村さま、あの車はマニュアル車でした。貴殿の未熟な運転技術では、五メートル進むより前にクラッチを焼け付かせる可能性もあり……」
「え、それ打ってんの?」
「んなわけないだろ」
 島内は笑いながら、メールを送信した。
『状態はいいですが、動かすには相当なメンテナンスが必要かと思われます』
 そして、すぐに届いた返事は、御池にも言わないし、しばらく無視することに決めた。
『その場で動く状態まで持っていける?』

【五】 二〇一七年 二月四日 午前十時

 週末をこうやって友人と過ごすのは、久しぶりだった。神沢は、織島が運転するミラココアの助手席で、ナビをしながらクッキーを食べていた。菓子くずがこぼれても織島は気にしていない様子で、地元へ続く国道を快適な速度で飛ばしていた。
「買い換えたばかりだよね? いい車だね」
 神沢は、車にも聞こえるように少し大きめな声で言っている自分を、可笑しく感じた。織島は慣れた様子でハンドルを操作しながら、誇らしげにうなずいた。
「かわいいでしょ。もうちょっと速かったらなあ」
 地元の見慣れた光景。それがちらほら姿を現して、神沢は、レンタルビデオ屋が閉店していることに気づいた。
「ねえ、ビデオ屋さんが閉まってる」
「ほんとだ、去年はあったのにね」
 織島は目を丸くした。神沢は、その明るくてころころと変わる表情を羨ましく思った。後部座席に置かれたファー付きのかわいいコートや、綺麗なネイルに、同年代の女子が持っているものよりは少しランクが上の指輪。織島のそういう持ち物は、全部アルバイトで勝ち取ったものだった。
『人から物を貰うのって、好きじゃなくてさ』
 織島は中学校時代に、そう言って男子を振ったことがあった。神沢はそのことを思い出して、口元を隠して笑った。
「努力家だよね」
「私? そうかな?」
「今回のお寺もそうだけどさ、加世の行動力はすごいよ」
 神沢はそう言って、自分達が卒業した中学校の前を通り過ぎるときに目を細めた。
「変わらないよね」
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ