Hidden swivel
姫浦は返事の代わりに、鋏を遠野に投げてタイマーを止めた。そして、スピーカーを切って遠野の電話を耳に当てた。鋏でタイラップを切った遠野は、激しく咽ながらその場に突っ伏した。息ができるということ以外の全てが、頭から消し飛んでいた。鋏を拾い上げた姫浦は、電話に向かって言った。
「やめました。お知り合いですか?」
「ああそうだよ、お知り合いだよ! 幼馴染だ」
稲場は叫ぶように言って、一旦間を置いた後、続けた。
「一年前のことで、聞きたいことがあるんだと」
「一年前ですか」
姫浦は、遠野にも聞こえるように、はっきりとした声で言った。呼吸を取り戻した遠野はうなずいて、膝をついたまま姫浦を見上げた。稲場は言った。
「今取り掛かってるやつは、中止だ。いいか? 同じ金を出すから、代わりにこっちを優先しろ」
「はい」
「お前が今何をしたのか知らないが、そいつには指一本触れるな」
「承知しました」
姫浦はそう言って、遠野の前にしゃがみこんだ。稲場は安心したように息をつくと、仕事の声に戻った。
「聞いてきたことは、ちゃんと答えてやれ。無礼講だ。あと、何か手伝ってほしいことがあると言われたら、しばらくつきあってやってほしいんだ。事情は本人から聞け」
「承知しました」
姫浦はコピーのように同じ言葉を繰り返して電話を切り、さっきとは打って変わって丁寧な仕草で、携帯電話を返した。遠野がそれを受け取ると、姫浦は笑顔を見せた。
「先程は失礼しました。姫浦と申します」
「遠野だよ。近づくなって言われた理由がよく分かったよ」
プリウスのドアにもたれかかると、遠野はため息混じりに言った。稲場が何と言ったのか気になって、続けた。
「今、稲場と何て話してたんだ?」
「あなたの質問には、必ず答えること。手伝って欲しいことがあるなら、力を貸すこと。事情は本人から聞きなさい、とのことでした」
姫浦は受付嬢のようにすらすらと、ややかすれた声で言った。遠野は大きく息をついて、立ち上がった。姫浦が同じように立ち上がって間合いを取るのを見て、冗談めかした笑い声を上げた。
「あんたなら、俺を一撃で倒せるだろ」
姫浦が愛想笑いを返したのを確認した後、遠野は本題に入った。
「大島信介がどんな奴だったか、教えて欲しいんだ」
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ