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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hidden swivel

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 神沢が叫ぶように答えた。瓦は、もう一人犯人が増えたように、神沢の顔をじっと見つめた。
「あんたもいたのか? 何回、事件のことを聞かれた?」
 二人が答えないでいると、瓦は散弾銃の遊底を引いた。その機械的な音は、神沢と織島の記憶を直に蹴った。ギャランのエンジンに火が入る音や、後ろで真っ白に光った四つ目のヘッドライト、それが次々に頭に浮かんで、神沢は覚悟を決めたように、野崎の体を掴んで脇へ動かした。
「え、なに?」
 野崎が戸惑った様子で言うと、神沢は言った。
「ありがとうございます」
 野崎は、その言葉が自分に向けられたものであることに気づいて、呆気に取られたまま動かずにいた。神沢は、持ち前の冷静さを取り戻していた。人生を捨てたつもりでいたのに、まだあがいていたことに気づいて、今の自分自身に完全に醒めていた。
「あなたは、刑事だったんですよね」
 瓦が答えないでいると、神沢は続けた。
「私はあの事件以来、人を触れなくなりました。聞き込みのとき、あなたは私のことを『やんちゃしてるようには見えない』と言いましたよね」
 それは、瓦自身の記憶からも薄れかけている、不都合な事実だった。神沢と織島の関係性を事件から切り捨てたのは、聞き込みをした瓦自身だった。神沢は、聞き込みのときに担任が肩に触れようとしたことを思い出した。
「黙っていたのは、加世の鞄が犯人に取られたままだったからです。それはすみませんでした。でも、隠し通せるとも思っていませんでした。あなたが聞き込みに来たとき、先生を凄い勢いで振り払ってしまって、正直終わったと思いました」
「おれが見逃したって、言いたいのか?」
 瓦は、神沢の言葉を遮った。神沢はうなずいた。織島は、いつもと違って饒舌な神沢に、何も言えないままじっと立ち尽くしていた。
「あなたは、怖がっている人間と、強がっている人間の区別がつかないんでしょう。私はあの時、怖くてたまらなかった。こうやって生きているのも、ただの偶然なんです」

 よく通る声だった。神沢の言葉を聞いていた遠野が足を踏み出そうとすると、姫浦が強い力で止めた。
「今は戻らないほうがいいですよ」
「馬鹿言うなよ、あの男は、一体何なんだよ。ずっと何の話をしてるんだ」
「本当に、力ずくで止めますよ」
 姫浦がそう言ったとき、木の隙間から伺える先で、神沢が決定的な言葉を放った。
「あのとき、私たちが逃げる最中に、大島は事故を起こした。だから逃げ切れたんです」
 遠野は駆け出した。姫浦は掴むのが一瞬遅れ、その手が宙を切るのと同時に後を追おうとしたが、足を止めた。押村を縛り付けた木の前まで戻ると、大柄な体の上に小さな鋏を投げて、足首の骨を叩き折った。

 瓦が銃口を持ち上げようとしたとき、後ろから声がした。
「おい! 待て!」
 だらしないパーカーにダウンジャケットを羽織った中年の男が森の中から飛び出してきて、息を切らせながら薄くなった雪の上を歩いてくるのを見た野崎は、顔をしかめた。
「ええっと。もしかして、大島?」
 その問いに対する答えを知っているように、瓦は振り向いた。
「いや、こんな顔じゃねえだろ。何だお前?」
 神沢と織島に向き直った瓦は、野崎に言った。
「おい、あれ持ってるか?」
「うん」
「撃て」
 野崎は、自分でも驚くぐらいスムーズに手が動くのを感じた。ポケットから取り出したローシンL25を、遠野の方向へ持ち上げた。銃声が鳴り、瓦は呆れたように笑顔を浮かべながら、野崎の方を振り返った。
「あっさり撃ちやがったな、おい」
 野崎は自分の右腕を見下ろしていた。さっきまで拳銃を持っていた腕は、手首と肘の間のちょうど真ん中で、真っ二つに割れていた。赤い肉の塊が裂け目から飛び出し、思わず両膝をついた野崎は、使い物にならなくなった右腕を、瓦に差し出すように上げながら言った。
「かわちゃん……、これどうしよう……」
 瓦は返事の代わりに、神沢と織島に散弾銃の銃口を向けた。ランドクルーザーの陰に二人が飛び込んだところへ、瓦は二発を撃ち込んだ。散弾銃の銃声が響き渡り、車体が揺れてリアウィンドウが粉々に割れた。遠野は全力を込めて突進し、瓦を突き飛ばした。散弾銃が遠くへ転がり、前のめりに転倒した瓦は、さらに近づこうとする遠野の腹を思い切り蹴りつけた。反動で後ろ向きに倒れた遠野は、体を起こした。瓦は野崎が落としたローシンを拾い、雪を払って言った。
「てめえは何なんだよ」
 銃口を持ち上げようとしたとき、全く見当違いの方向から銃声が鳴り、二発が瓦の両膝を撃ち抜いた。瓦は地面に倒れこみ、腕の力で立ち上がろうともがいた。ようやく手が地面を掴んだと思ったとき、目の前まで歩いてきた姫浦は、その両手に一発ずつ撃った。遠野は尻餅をついたまま、動けないでいた。
「おい……、待てよ」
 思わず言うと、姫浦は遠野に一瞬だけ視線を向けた。服のあちこちについた雪を払い、一度大きなくしゃみをした。そして、振り向きざまに野崎の頭を吹き飛ばした。
 遠野はようやく立ち上がると、ランドクルーザーの後ろにいるに違いない二人のもとへ駆け寄った。神沢と織島は悲鳴を上げたが、遠野はなだめるように言った。
「大丈夫だよ」
 言いながら、すぐ後ろに姫浦が立っていることに気づいた遠野は、神沢と織島の前に立ちはだかった。
「やめろ、俺の言うことなら聞くんだろ」
 姫浦は、ポケットから鍵を取り出して投げた。遠野は無意識に受け取り、それがインプレッサXVの鍵だということに気づいた。
「では、これで失礼します」
 姫浦はそう言って背を向けた。地面に伏せて呻いている瓦のほうへ歩いていくのを見て、遠野は二人に向き直った。
「君ら、事故を見たんだな」
「はい……」
 神沢が言った。織島もうなずいた。遠野は、道路の先を指差した。
「車を置いてあるんだ。早く行こう」
「あ、あの人は?」
 遠野について歩きながら、織島が姫浦のほうを振り返って言った。遠野は苦笑いを浮かべながら、首を横に振った。
「あの人は、まあなんだ。命の恩人なんだけど、一緒には行けないんだ」
 そう言ったとき、姫浦の言葉や、治美の事故の様子が、電流のように思考を繋いだ。遠野は雷に打たれたように足を止めた。ぶつかりそうになった神沢が、思わず言った。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。ごめん」
 再び歩き出しながら、遠野は心の霧が晴れたように感じた。車にたどり着いて、運転席に座ると、それはよりはっきりと、遠野の頭に像を結んだ。事故の瞬間、治美は目を瞑っていた。警察は居眠りだと主張した。今は、微塵の疑問もなく、それに反論することができた。正義感を直感で貫く性格だった治美。曲がったことは嫌いで、何も見逃さなかった。あの日、道路に飛び出したあの二人が大島に追われていたということも。
 治美は、この二人の命を救った。最後の瞬間に目を瞑ってまで、大島が運転する車に体当たりした。それは、疑うことのない事実として、六年間の記憶全てを塗り替えた。神沢が言った。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「治美……、やったな」
 知らない名前に、織島が後部座席で戸惑ったように神沢の方を向いた。遠野はエンジンをかけると、暖房を全開にした。
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ