Hidden swivel
展望台の駐車場に停めたランドクルーザーの中で、瓦は思わず言った。
「何してやがんだ、夜中に」
豆粒のように見える田舎の一軒家。グランドハイエースが前を塞ぎ、ギャランのボンネットを開けた男が二人、オイルを換えているように見える。野崎は、暖房の風に手をかざしながら言った。
「車泥棒とか?」
「いいや、ドアを普通に開けてたから、それはないだろうな。連れと一緒に整備してるんじゃないか」
瓦は、大柄なほうが大島だろうと考えた。そしてランドクルーザーのエンジンを一度空ぶかしさせて、バックギアに入れた。野崎がコーヒーを零しそうになりながら、驚いた様子で言った。
「もう行くの?」
「三十分ぐらいはかかるだろ」
瓦は、ランドクルーザーを急転回させて、展望台から勢いよく飛び出した。思わずコーヒーを床に撒きそうになりながら、野崎は言った。
「速いよ、かわちゃん。もう一人はどうするの?」
「着くころにはいなくなってんだろ」
それは、本来なら野崎が言うような、楽天的な台詞だった。瓦は下りを猛スピードで駆け下りながら、考えた。こんな夜中に仲間を集めて車道楽とは、殺人犯が能天気なものだと。
遠野は這うように階段を上がり、二階にたどり着いた。ギャランが見える方向に窓が開いた部屋を見つけ、中を覗き込むと、姫浦が様子を伺っているのが見えた。手を振って知らせようとする前に、姫浦は遠野のほうを向いた。呆れたように立ち上がった姫浦は、伏せている遠野をまたぐと、廊下の奥にある浴室を指差した。そこまでついていくと、姫浦はようやく口を開いた。
「一度だけしか、聞きませんよ」
そこが逃げ場のない場所であることに気づいた遠野は、姫浦が拳銃を右手に持ったことに気づいて、後ずさろうとした。姫浦は人差し指を口に当てて、静かにするよう伝えた。そして、さっきからずっと路肩に停まっているミラココアのことを伝えた。
「心当たりはありませんか?」
遠野は首を横に振った。姫浦は納得したように浅くうなずいて続けた。
「ずっとこの家の様子を、伺ってます。女が二人」
「知らないよ」
遠野がそう言ったとき、すぐ近くでエンジンに火が入る音がした。グランドハイエースのものではない古びたキャブレターの音で、不調なアイドリングのまま、空ぶかしで何とか息を保っているようだった。
「あいつら、エンジンかけたのか?」
「そのようですね。一階へ降りといてもらえますか」
姫浦はそう言って、返事を待たずにさっきまでいた部屋へと駆け戻った。
押村がガッツポーズをして、ボンネットを荒っぽく閉めた。
「さっすが!」
その声は明らかにエンジン音よりも大きく、再び落ち着きを失った島内は、腕時計に視線を走らせた。すでに四十分が経過していた。運転席から降りて、押村に言う。
「多分ですけど、普通に走りますよ」
「あ、俺が運転すんの? 悪いね」
それが特権であるように、押村は運転席に座って、ドアを閉めた。島内は濡れタオルで前が見えるように窓を拭いた。押村は中で親指を立てて笑顔を見せた。島内はグランドハイエースの中に工具を押し込み、リアハッチを閉めた。家の方に向き直ったとき、ギャランのエンジンが止まった。セルモーターの弱々しいクランキング音が鳴り、島内はしばらく家の方向を見ていたが、跳ねるように駆け出した。グランドハイエースの運転席を開けて、御池に叫んだ。
「隣に行け! 早く!」
御池を押しのけるように運転席に座り、ドライブに入れてアクセルを踏み込む。御池がシートの中で器用に転びながら言った。
「どうしたんだよ!」
「逃げるぞ!」
島内はアクセルを全開にしたままヘッドライトを点灯させた。遠くのほうに猛スピードで走ってくるランドクルーザーが見え、今走っている道がすれ違えるような幅ではないことに気づいた御池は、混乱した様子で呟いた。
「おい、シマ……、あいつどかねえぞ」
ランドクルーザーの型番が分かるぐらいに目前に迫ったとき、島内はミラーを畳んで路肩数センチまでグランドハイエースを寄せた。道路の一段下がった部分にタイヤがはまり、車体が左に傾くのと同時に御池が情けない悲鳴を上げた。バランスを崩しながら二度テールを振ったグランドハイエースは、落ち着きを取り戻したように道路へと戻った。ミラーを再び開いた島内は窓を開けて、すれ違った面が無傷なことを確認すると、御池に言った。
「避けたぜ」
「お前、すげえな!」
御池は、興奮状態で目を丸くしたまま叫んだ。島内は、自分の技術がこんなところで役立つとは思っていなかったが、開けたままの窓からランドクルーザーの赤いテールランプに叫んだ。
「馬鹿野郎! 次は田んぼに落ちろ!」
「かわちゃん、お願いだから落ち着いてってば!」
野崎はシートに足を突っ張ったまま、両端が田んぼになっている道を時速百キロで走るランドクルーザーの中で、このまま事故死することを覚悟した。瓦は急ブレーキを踏み、野崎は肩に食い込むシートベルトに身をよじりながら、ようやく流れる速度が落ち着いてきた外の景色に目を凝らせた。
「見えたぞ」
ヘッドライトを消し、ギャランと家の前を通り過ぎた瓦は、農道に頭を突っ込んで、Uターンさせた。エンジンを停めて、運転席から降りると一度深呼吸をした。エンジンをかけようと奮闘しているように見える。グランドハイエースが猛スピードで逃げるように去っていった理由を考える余裕は、瓦の頭には残されていなかった。野崎は助手席から降りようとしたが、転落防止用のポールが引っかかってドアが開かないことに気づいて、瓦に叫んだ。
「開かないよ!」
後部座席に這うように移動し、野崎はようやくドアを開けた。外に出たとき、ヘッドライトを消した車が目の前で急ブレーキをかけて停まった。野崎は車内に見えた二人に気づいて、思わず言った。
「アザミの子じゃん、ちょっと待って!」
神沢と織島は、ミラココアから降りて、野崎が墓地にいた若い女であることを思い出していた。そして、言った。
「お昼の……?」
野崎は何度もうなずいて、笑顔で繕った。瓦と一緒に調べ物をして得たばかりの知識が頭に溢れ、学校で勉強したことを実生活で生かせたときのような、不思議な高揚感が体を巡った。
「そうだよ、わたしだよ。って、知ってるわけないよね。ねえ、友達だったんでしょ?」
その言葉に、神沢と織島は凍りついた。野崎は二人の緊張を解くように言った。
「大丈夫だから。わたしの彼氏が八つ裂きにするし」
その冗談のような言葉に、野崎は自分一人で笑った。神沢と織島が反応に困っていると、エンジンのかかる音が再び鳴った。そして、瓦が叫んだ。
「大島!」
その声に、神沢と織島が身を寄せ合うのを見て、野崎は心の底から気の毒に感じた。振り返ると、瓦がこちらへ向かって駆け寄ってくるのと同時に、ギャランが青い煙を撒き散らしながら猛スピードで逃げていくのが見えた。ランドクルーザーの運転席を開けた瓦は、そこで初めて神沢と織島に気づいた様子で、しばらくドアを掴んだまま立ちすくんだ。
「君ら……」
「復讐にきました。殺すつもりでした」
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ