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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hidden swivel

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【十一】 六年前 二〇一一年 二月五日 午前三時

「沙希……、お願い起きて」
 織島が、涙で頬に張り付いた髪を押しのけるように、手で顔をぬぐいながら呟いた。国道から一本逸れたところに建てられた山小屋。その中に、三人は監禁されていた。正確な場所は分からず、神沢は小屋の床に顔を沿わせて、隙間から隣の部屋の様子を伺っていた。大島が何かを準備するのに隣の部屋へ入ってから、すでに数十分が経っていた。
 三ツ谷は、床にうつ伏せになったまま、頭から流れた血で真っ赤になった顔を織島のほうへ向けていた。その目は閉じられていて、体は冷たく凍ったようだった。神沢は、大島の足がさっきと同じ位置に見えていることを確認しながら、さっきまで自分の手首と足を縛っていたロープの跡をさすった。寒いだけでなく、それは永遠に消えることのない刻印に思えた。しかし、真っ先に暴力の対象になった三ツ谷沙希に比べると、それは始まりの一部ですらなかった。
 大島は、三ツ谷をサンドバッグのように扱った。骨の折れる音が何度も鳴り、織島が素人目に見ても、左の頬骨は完全に折れていた。今の内にどうにか担いで、ここから抜け出さないと。織島は、神沢の後姿に視線を送った。神沢は感覚で気づいたように振り返った。三ツ谷を見て、織島の顔を再び見た。そして、諦めたように目を伏せた。
「沙希……、お願いだよ」
 織島はしゃくり声をあげないように、歯が折れそうになるぐらいに食いしばった。そうしていないと、反射的に大声で叫び出してしまいそうだった。三ツ谷は死んでしまったのだろうか。
 神沢は、自分を縛っていたロープを部屋の入り口にひっかけて、ぴんと張った。大島が戻ってくるとき、これに引っかかれば時間が稼げる。足首の高さぐらいになったことを確認して、織島に言った。
「行こう」
 三ツ谷の頭を恐る恐る持ち上げ、力を失くした肩に手を回す。織島が足を持って、力を込めた。廊下まで引きずるように運んだところで息が切れそうになり、織島は後ろを振り返った。そして悲鳴を上げた。大島が右手に持った包丁を振りかぶっているのが、神沢の目に映った。
「転べ!」
 数時間前に織島に耳打ちした言葉を、神沢は叫んだ。それが予言だったように、大島は足元に張られたロープに躓いて、前のめりに転倒した。織島が思わず手を滑らせ、三ツ谷の体が手から抜け落ちた。反動で神沢が後ろに尻餅をついて倒れた。二人が気づいたときには、三ツ谷の体は完全に廊下に横たわっていた。神沢は覚悟を決めて、織島の手を強く引いた。織島は一瞬後悔を見せたが、強く唇を結んで、神沢に向かってうなずいた。二人は、走って山小屋から逃げ出した。雪で神沢が転び、織島は手を掴んで引っ張り上げた。雪を足で掴み取るように走って国道へと続く道を降りはじめたとき、後ろでギャランのエンジンが息を吹き返す音が響き渡った。タイヤが雪を引っかき、ヘッドライトが灯った。
「早く!」
 織島は神沢を支えるように、雪で覆われた道を駆け下りた。神沢は走りながら、逃げ切れるわけがないと、どこか冷静に考えていた。走るペースが落ちてきたように感じて、織島が言った。
「ねえ、頼子! 将来何になりたかった?」
 その言葉に打たれたように、神沢は自分の足が力を取り戻すのを感じた。それは、織島にも同じ諦念が渦巻いているということに気づいたからだった。過去形になってしまった将来の姿は、あまりにも恐ろしかった。
 橋を通り過ぎて大きな道路に飛び出したとき、織島が足を滑らせた。後ろから迫るヘッドライトの真っ白な光が別の光と交錯し、織島は方向感覚を一瞬失った。その手を神沢が強く引いて、再び体を起こした二人は走って道路を完全に横切った。農家の倉庫が並ぶ細い砂利道に飛び込むように入ったとき、後ろで大きな衝突音が鳴った。氷が割れて水の跳ね上がる音が聞こえ、神沢は車が川に落ちたことを確信した。織島は音に気を取られて立ちすくんでいたが、神沢は立ち止まらずに手を引きながら言った。
「加世!」
 織島はうなずいて、二人は振り返ることなく走り続けた。

【十二】 二〇一七年 二月四日 午後十一時

「これ、普通に考えると、ありえないよね」
 ミラココアの中で、織島は自分を嘲笑うように言った。左手に持ったスタンガン。それは、六年前に三ツ谷を痛めつけるのに使われた凶器のひとつと同じメーカーのものだった。
「それで、思い切りやってやったらいいわ」
 神沢は、キャップを目深に被りながら言った。信号が青に変わり、織島はアクセルを踏んだ。あの日、二人が家にたどり着いたのは、次の日の夜だった。朝まで歩いてようやく駅を見つけたところで、織島は自分の鞄がないことに気づいて、再びパニックに陥った。持って出ることが叶わなかったのは分かりきっていたが、鞄の中には自分のことを示す情報が山ほど入っていた。神沢は、大島は事故で死んだか大怪我をしたはずだと、織島に言い聞かせた。泥を落としてもなお、墓場から出てきたような格好だった二人は、人目を避けるように町へと戻った。完全に着替え、平静を装って帰った二人を待ち構えていたのは、別々の家族とは思えないぐらいに、全く同じ『おかえり』という言葉だけだった。
 それから、神沢と織島は見た目こそ同じでも、中身は別人になった。三ツ谷沙希が行方不明になった事件は、その日の内に全国ニュースになった。織島は、口を噤むことを選んだ。警察よりも、あのギャランのヘッドライトの方が早く追いついてくる。そう確信した織島は、神沢にも謝った。
『ごめん、本当に怖いの』
 高校へ進学し、織島は悪夢からようやく解放された。それは、神沢と中学校の門を出たところでギャランの丸いヘッドライトが四つ灯るという、あの日に起きたことを強引に接着剤でくっつけたような夢だった。神沢は、人に触れることができなくなった。どのようにしても、三ツ谷の体を抱えたときの感覚が重なって、全身に力が入らなくなった。それは織島と違う高校へ通うようになっても同じで、友達を作ることはこの世で最も困難なことのように思えた。
 そして、全てを変えたのは、六年前のあの日だけではなかった。織島は、神沢に言った。
「どれぐらいがいいかな?」
「一年ぐらいかけて殺したいね」
 神沢は無意識に爪を噛んだまま、神経質に答えた。それは、高校に進んで、二人が日常を取り戻しかけたときに起きた。三ツ谷沙希の遺体が森の中で発見され、検視の結果、死後数ヶ月とされた。それは、神沢と織島にとって、新たな地獄の始まりだった。三ツ谷は、二人が逃げ出したときに死んでいなかったばかりか、それからも、事故を生き延びた大島に監禁されていた。
『私たちがちゃんと殺されてたら、あいつ捕まったのかな』
 高校に入ってからあまり連絡を取り合うこともなくなっていた織島は、神沢に言った。その言葉には、自分たちが借り物の時間を生きているという強い確信が含まれていた。
『あいつ、あの事故で死ななかったんだよ』
 織島の言葉に、神沢は自分が驚くほど冷静なことに気づいた。
『加世。これから何年かかってもいいわ。あいつを見つけて、殺そう』
 織島は、最初から結論が出ていたように、うなずいた。
『どっちが最初に見つけるか、競争ね』
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ