Hidden swivel
瓦のマンションに一緒に戻った野崎は、居間で別人のように調べものをしている瓦の姿に、現職の警察官時代の面影を見て取っていた。そして、同時に思った。こんなに何かに打ち込むような真面目な人間なら、自分は一目見ても決して惹かれるようなことはなかっただろうと。その一度食いついたら離れない精神力は、警察をやめたことで巧妙に隠されていたが、瓦の芯を構成している最も大きな部品だった。昔の自分なら、こういう人間に憧れたに違いない。野崎はそう思いながら、瓦が調べ物をするのを数時間に渡って、手伝っていた。
「これだな」
瓦は、熱っぽい頭を冷やすように立ち上がって、コップの水をひと口飲んだ。警察時代の友人からの回答をまとめたノートに、大きく丸をつけた。それは、二月四日に起きた死亡事故の記録だった。そして、住所から割り出した土地の所有者。
「交通事故は、あの日無数に起きた」
瓦は、独り言のように呟いた。野崎が顔を上げると、それに気づいて顔を向けた。
「その内の一件が、大島信介が被害者になった事故だ。横っ腹に突っ込まれて、突っ込んだ側は川に落ちて死んだ。神沢と織島が写真を撮ってたあの家は、元々は大島衛のものだ」
「お父さんかな?」
野崎が最後の一片を補うと、瓦は興奮気味にうなずいた。
「そうだよ。大島は親父の遺した家に一人で住んでた。事故を起こした場所は、だいぶ離れてるけどな」
「ふーん。そろそろ、通報タイムかな」
野崎が言うと、瓦は首を横に振った。
「いや、殺す」
「は?」
野崎は思わず聞き返した。冗談だと思って笑おうとしたが、瓦は真顔で言った。
「あいつは、おれの人生をめちゃくちゃにしやがったからな」
「待ってよ、証拠はないんだよ?」
瓦の異様な様子に、野崎は姿勢を正して食い下がった。
「かわちゃん、聞いてるの?」
「その名前で呼ぶな。おれは、瓦巡査部長だったんだ」
瓦はそう言って、しばらく部屋の中をせわしなく歩き回っていたが、返事がないことにふと気づいて野崎のほうを向いた。
「どうしたんだ?」
涙を零している野崎は、目を逸らせた。そして、過去に帰ろうとしている瓦は、自分を置き去りにしていくつもりだと確信した。瓦は、目の前にいる獲物をどうやって捕まえるか、一人でじっと考えている野生動物のようだった。もう目の前に獲物が見えているのかもしれないが、解決の方法も、そのために捨ててもいいと考えているに違いない色々なことも、野崎には理解できなかった。
「……殺すって言ったけどさ、捕まったらどうするの?」
「おれは元警官だからな。警官が調べそうなことは避けるよ。おれは大丈夫だよ」
瓦は妙に自信のある様子で、胸を張った。野崎は、自分の涙が誤解されて伝わっていることに気づいたが、諦めてティッシュで涙を拭いた。
「心配してないってば」
野崎はそう言って、作り笑いを浮かべた。それは泣き笑いのようになったが、瓦はそれが合意の印であるかのように、居間の押入れを開けて、中から釣竿用のケースを引っ張り出した。
「かわちゃん、釣りするの?」
野崎はその名前で呼んで思わず肩をすくめたが、瓦はもう気にもかけていない様子で、ケースを開けた。
「いや、しないけど」
そう答えて、中からブローニングオート5を抜き出した。ところどころに木製の部品があしらわれた散弾銃で、野崎の両手では間に合わないぐらいに大きく見えた。野崎が凍りついていると、瓦はダメ押しをするように、ケースの小さな脇ポケットから、手の平サイズの黒い拳銃を取り出した。二十五口径のローシンL25はややフレームが錆びていたが、その動きは滑らかだった。瓦はそれを野崎に差し出した。
「これ持っとけよ」
それは、野崎の目には、一緒に過去に帰るための鍵のように映った。細い指を絡めるように拳銃を手に取った野崎は、うなずいた。瓦は野崎の良心を押しのけようとするように、言った。
「三ツ谷がやられたことを考えたら、銃で殺されるなんて、楽すぎるよ」
作品名:Hidden swivel 作家名:オオサカタロウ