L K 「SOSの子守唄」
第四話 救難信号
インフィニチウムの掘削作業を開始して、52日目。
地下深く31.2キロまで到達したけど、まだお目当ての層にはたどり着かない。
「ソニックドリルの周波数を、下げ過ぎなんじゃないかしら。これだけゆっくりだと、プラズマの消費量が多すぎるわ」
「シミュレーションどおりなら、もうすぐインフィニチウムの反応域に近付きます。周波数を上げると、インフィニチオン反応で分解が起こります」
「あんな爆発はもういやよ」
「では、ゆっくり地道に掘り進めましょう」
ホロシミュレーションでは、16回失敗して大爆発を起こしていた。私たちは16回も死んだことになる。でも、それはホロプログラムでの話。正確にはホロチャンバーの中の、架空のホロチャンバーでのシミュレーションの話。ホロプログラムは現実と見分けがつかないほどだけど、人体には危険が及ばないように、安全装置が付いているから、現実に死ぬこともケガをすることもないの。
私もはじめは爆発に驚いたけど、10回目ぐらいから笑えるようになってきた。ケイは何度爆発しても、表情を全く変えなかったわ。
「少しくらい笑ったら?」
「エルが死ぬところを見て、笑うことはあり得ません」
「あなたがバラバラになるところを、見飽きちゃったから笑えるのよ」
「それはユーモアか何かですか?」
「・・・何だろう? よく分からないけど、不謹慎でも笑えるものよ」
「笑いの感情は理解に苦しみます」
17回目のシミュレーションでやっと成功して、さらに12回練習もした。そうして、やっと現実に掘削作業を開始したんだけれど、深過ぎて、センサーではインフィニチウムの反応を感知出来ないから、地質学的な分析から予想した掘削ポイントを、信じて掘り進めるしかない。
ホロシミュレーションでは、一番成功の確率が高かったのに、この場所は見当違いだったのかしら。
この星の一日は約22時間。夕暮れが近付いて来たから、今日の作業は中断する。暗くても作業には影響ないけど、ソニックドリルや、ライトローダーの自動メンテナンスも必要だから、夜は休息をとることにしているの。それに、煩わしい酸素マスクも外したいから。
私たちは掘削現場のすぐ近くに、居住棟を設置して、その窓際の席で、夕陽を見ながら食事をするのが習慣になってきたわ。
この星は大気がやや薄いせいで、夕焼けは地球のほど赤くない。火星の夕焼けほど青くもないし、どっちかというと、昼の太陽を暗くしただけで、あまり感動しない。それは私の感情が乏しいからというわけではないと思うの。きれいな夕焼けを見られないことが、とても残念に思うんだもの。
このところケイは、何か少し様子が変わってきた。私と話をする時は、いつも笑顔で話すけれど、それはアンドロイドにプログラムされた作り笑顔。でも彼ったら、最近、タックと話をするようになったの。しかも、笑いながら話しかけているのよ。私がそうするのを見て、真似ているのだけど、タックの方はというと、知らぬ顔して毛づくろいしているのが可笑しい。
ケイは感情を理解しようとして、自分の変化について考えているようだわ。私もそうだったから分かるの。ケイを起動してもうすぐ7ヶ月になる。
この星は、恒星の周りを約9ヶ月で一周しているから、季節の移り変わりが速いの。季節と言っても、この星の公転半径が小さいせいで、温暖で雪も降らないし、岩ばかりで、景色の変化もほとんどないんだけどね。
遺伝子操作したリンゴの木は、そろそろ適応変化が完了するわ。暖かい季節が来る前に、ドームの外に移植したい。
ケイがその手順のホロシミュレーション実施を提案したけど、今回はシミュレーションなんかしないで、二人で協力して移植を成功させてみたいの。だって、この星の環境に現れる、初めての生物なのよ。それが成功したら、この星の名前を『アップル』にしようかしら。
★ウィィィィ―――ン・ウィィィィ―――ン・ウィィィィ―――ン・・・
その時、緊急事態を知らせるサイレンが鳴った。ケイは立ち上がり、コンピューターに直接リンクして、緊急事態の内容を確認している。私には無い機能だわ。
「地下の掘削に問題でも?」
「いいえ、救難信号を受信しました」
「惑星外から? まさか、この前の探査船?」
「認証コードが添付されていませんが、間違いなくそうです。いくつもの種類の緊急事態を知らせる信号が発信されています」
その探査船にも船名は無い。データ通信上、固有コードのやり取りで、認識するためだ。
私たちは直ちに、移動用に使っている着陸船でベース基地に戻った。上空からドームの中に、アラーム発報を知らせるフラッシュの点滅に驚いて、大騒ぎしている家畜たちが見えた。
ラボのコンピューターで、救難信号の発信源を探ると、新型探査船はこの星から2,300億キロの彼方にあった。
「私の船の慣性航行じゃ、4年近くもかかるわね。それじゃ間に合わない。常時加速するしかないわ」
旧型探査船は衛星軌道上を周回しているけど、この星に到着して以来、メインスラスターを一度も噴射していない。
「もう28年間、動かしていない船ですから、非定常な等加速航法では、船体構造維持にリスクがあります」
「それに加速を続けるには、エネルギーの残存量が足りないわね」
「既に、救難信号は途切れてしまいました。正確なポイントを割り出すことは困難です。現実問題として、救助は不可能だと思われます」
「いいえ、4年以上でも、生き残れるかもしれない」
「人工睡眠でですか? 船は航行不能に陥っており、エネルギー供給が断たれていると思われます。それでは人工睡眠キャスケットは3年しか生命維持出来ません」
「そうね。その後は冷凍保存されるから、回収してこのラボに持ち帰れば、蘇生は可能だわ」
「では、出発の準備をしましょう」
「ええ。でもこれは私のミッションよ。ケイはここに残って、インフィニチウムの採掘と、家畜たちの世話を続けてちょうだい」
「エルだけ一人で行かせるわけにはいきません。それに船の航行には、エタニチウムが大量に必要です。私に残していく分はありません」
「残りのエタニチウムの4分の3を持って行くわ。それで片道は等加速で航行出来る」
「復路の分はどうするのですか?」
「向こうの船に、エタニチウムが残っている可能性があるわ」
「もし、流出してしまっていたら、帰って来られません」
「いいえ、通常エンジンで何十年かかってでも、必ず戻ってくるから」
作品名:L K 「SOSの子守唄」 作家名:亨利(ヘンリー)



