L K 「SOSの子守唄」
エピローグ
私が再起動してから5年の歳月が流れた。
今日もいい天気。この時期は雨が降らないから、毎日、ダムの水位が気がかりなの。
アップルの環境は、人類にとって過ごしやすいとは言えないけれど、ケイが地球のテラフォーミング技術からヒントを得て、10年を費やし、水から大気中に酸素を供給するプラントを建設していたおかげで、基地の周辺では、私たちも呼吸が出来るようになっていたのよ。ホントにすごいアイデアマン。私が彼を起動して最初に伝えた願い、「もっと人の住みやすい星にしたい」それを忠実に実行してくれている。ここでは家畜を世話し、作物を収穫する。原始的だけど、とても平和な生活を送っているわ。
ケイは論理的思考に影響しない、コントロールされた感情を持っている。それはプログラムによって、敢えて感情を表現しようとしているのかもしれないけど、彼には明らかに感情と言えるものがある。私を深く愛してくれているから。でも、私と違って感情的にはなり過ぎないから、とてもいい夫よ。
そうなの。実は、私たちの間に女の子を儲けたの。彼女は最高の存在だから、名前は『Mieux(ミュウ)』。三つになったばかり。キュウと同じで、やっぱりセカンドロイドには、生まれ持った感情があるわ。
この子によって、より愛情が理解出来るようになった気がするの。今はみんなで協力して、この子を育てているんだけど、あのジェイでさえ、ミュウに優しくしてくれるわ。でも、すぐに戦い方を教えようとするんだから。女の子なのよ。
そう言えば、ケイが父親代わりになって、キュウを教育しているんだけど、キュウったら12年もジェイと二人っきりで宇宙を旅していたせいで、まるで兵士のような事ばっかり覚えちゃって、科学の勉強は嫌いらしい。セカンドロイドは基礎知識をプログラムされていないから、自分で学ぶ必要があるんだけど、本当に困ったものね。もうアカデミーぐらい卒業している歳なのに。
ジェイは今も、キュウの命令にのみ従う。彼だけは感情が芽生えず、冗談も言わない。だから危険な作業もお手の物。頼りになる存在だわ。主に建築や土地の造成、インフィニチウムの採掘を担当しているけど、みんなの安全を守るのが彼の仕事でもある。
「ミュウ。だめよ。ジェイのお仕事の邪魔しちゃ」
「ジャマしないよ。見てるだけ」
「ミュウ。これは危険だから触っちゃいけないぜ。イタズラすると、リンゴジュースはお預けだ」
「イヤよぅ」
ジェイが持っているのは、プラズマバッテリー。インフィニチウムからプラズマを生成するんだけど、エタニチウムと違って、とても不安定な物質だから、保存するためには組成が安定した純金のケースに密封しておく必要があるの。ミュウは、そのピカピカの純金のバッテリーケースが気になるらしい。どこにでも在るありふれた金属なのに。
難破船から連れて来た家畜の中には、牛や馬もいた。元々は知的生命体との友好的接触を果たした場合の、地球の生命体サンプルだけど、開拓地での食肉用や、農耕の補助的労働力としても役に立っている。
牧場はミュウの遊び場でもあるのよ。ヤギがとてもお気に入り。ケイは馬がお気に入りで、よく手なずけて、乗馬を楽しんでいる。いつもキュウと追いかけっこをしているわ。彼らはこの星のテラフォーミングが進めば、馬に乗って探検に出かけるのを夢見ている。
そう、かつて私も探検家だったわ。長年宇宙を一人で探査してきた宇宙飛行士。一つの場所に留まって幸せな生活を送っていると、またスリルが恋しくなっちゃう。それに、胸騒ぎは今も続いている。じっとしてちゃいけないんだって思う時もあるわ。
遥か彼方の太陽系から、音信不通の私たちを探しに来たらどうしよう。まさかアンドロイド救出なんかに興味ないだろうけど、心配は尽きない。
キュウが開拓用重機のプラズマバッテリーを交換している。そこに牛がいて、また作業の邪魔になってるわ。
私はミュウを抱いたまま、キュウを手伝おうと近寄った。キュウから、使い終わったバッテリーケースを受け取ったところ、そこへ牛が近寄って来てしまったの。私はミュウを守ろうとその場を離れたわ。でも、牛が私に付いて歩きだしたから、ジェイが駆け寄って制止したら、牛が暴れだした。
危ないわ!
ジェイは持っていたプラズマバッテリーを、地面に落としてしまった。それを牛が踏みつけて暴れている。
純金のバッテリーケースは簡単に変形して、破れて穴が開いてしまった。
私たちは走ってその場から逃げたけど、もう手遅れ。プラズマが放出されてしまった。重機に装填しようとしていたバッテリーにも、インフィニチオン連鎖反応が起こって、インフィニチウムが爆発した。
青白い光が周囲を包み、私たちはそれに巻き込まれてしまった。
・・・再び静かになった。
目を開けると牛が倒れている。
ミュウは? 息をしていない!
「ミュウ!? しっかりして! ミュウー!」
必死にミュウを抱きかかえ、起き上がった私は、周囲を見渡すと、キュウもジェイも倒れたままで動かない。
ケイが、駆け寄って来た。
「エル! 大丈夫ですか?」
「私は大丈夫、でもみんな動かないの」
ケイは私の心配をしている。だけど私はケガをしていなかった。
どうして私だけ無傷なの?
私は船の爆発の時も奇跡的に助かった・・・。どうしてそんなに運がいいの? また激しい胸騒ぎを感じる。
これって、まさか。ホロチャンバーの安全装置!?
「コ・・・コンピューター。ホロプログラム終了」
景色が消え、私とケイだけが、ラボのホロチャンバーの中にいた。
「・・・どういうことケイ?」
ケイは落ち着いた様子でエルを見つめ、次のように説明した。
アップルに帰還した時から、一度もエルの意識は戻らず、苦肉の策として、ついに記憶だけコピーして、ホロプログラムとして体を再生したという。
今のエルはホロシミュレーションのキャラクターに過ぎず、このホロチャンバーからは出られないのだ。
エルは途方に暮れ、ケイから目を逸らし深く悲しんだ。
「ケイ。もう、こんなプログラムは止めて」
「そんなことをすれば、あなたは生きられない。ここはエルにとって現実と同じなのですよ。これは最善の策なのです」
ケイは何事もなかったかのように、微笑みながらエルに話す。
ダメ。もう耐えられない・・・。
エルは自ら、
「コンピューター。ホロプログラム終了」
今度は、目の前からケイが消えてしまった。
「どうして? どういうことよ!!!」
エルはこう叫んだ後、今まで感じたことがない恐怖に襲われた。
「ケイもホロキャラクターだったの!? 一体何重にホロプログラムを起動していたの?」
コンピューターに尋ねた。
『最大7重に展開されていました』
「ホロプログラムの中に、ホロプログラムがそんなに。どうして? 一体いつから?」
『72年8ヶ月と2日、7時間46分23秒前です』
「ななじゅう・にねん・・? そんな昔から? どういうことか分らない。私は一体何をしていたの!?」
怖くて涙が流れ出した。涙など流したことなかったはずなのに。
「全ホロプログラム終了!」
作品名:L K 「SOSの子守唄」 作家名:亨利(ヘンリー)



