ヒトサシユビの森 5.ヒトサシユビ
警察職員が取調官に耳打ちした。取調官はおもむろに立ち上がり、かざねに言った。
「勾留を一時中断する」
「どうしてですか?」
「お母さまが危篤になられたそうだ」
「母が・・・」
「それなりの支度をしなさい」
身なりを整えたかざねは、手錠をされたまま警察署の玄関を出た。
扉を開いたパトカーが停車しており、制服警官らが車の前後を固めていた。
かざねが、刑事に連行されてパトカーに乗せられる、その時である。
一台の大型バイクが爆音とともに警察署の玄関先に突入してきた。
ブレーキターンで停車し、フルフェイスヘルメットのシールドをあげたのは、亮太だった。
「かざね!」
亮太の呼びかけにかざねが反射的に呼応した。
かざねは同行する予定の刑事を突き飛ばし、亮太のバイクの後部席に飛び乗った。
かざねが亮太の腰に手錠のかかった両手を回すや否や、バイクは急発進で発車し、石束署から消え去った。
「無茶すぎる、亮太」
かざねは亮太の腰に手を回し、背中ごしに言った。
「こうするしかなかった」
「亮太、聞いて。あたしの母が危篤なの」
「ああ、さっき病院へ寄ったから知ってる。かざねが病院に行くことも。だからこのタイミングしかなかった」
「どういうこと?」
「いぶき。いぶきは生きてる」
「えっ、ほんと? 確かなの?」
「ああ、でも急がないといぶきの命が危ない。かざね、お前はどうする?」
「どうするって?」
「お母さんが危篤なんだろ」
かざねは少し考えて答えを出した。
「母さん、ごめんね。あたし、いぶきを助けに行きます」
パトカーの追跡を振りきり、坂口土建の駐車場に着いた亮太はヘルメットを脱いだ。
幹線道路を突っ走っている間に、亮太の携帯電話に安田から着信があったのだが、かざねを連れ出すことに神経を擦りへらし、携帯電話のことなど考えもしなかった。
バイクの爆音が着信音を打ち消していた。
バイクを捨て、亮太とかざねは軽トラックに乗り換えた。
駐車場に滞在したわずかな時間で、亮太は道具を捜しだし、かざねの手錠を外した。
亮太は軽トラックを市街地から稲荷山方面に向けて走らせた。
警察は二人乗りのバイクをいまだに追っているのだろう。
パトカーとすれ違っても追い抜かれても、怪しまれることはなかった。
作品名:ヒトサシユビの森 5.ヒトサシユビ 作家名:JAY-TA