ヒトサシユビの森 5.ヒトサシユビ
「亮太、やっぱりお前か。俺の周りを嗅ぎまわっていた奴は」
「専務、俺はただ・・・」
「ちぇっ、お前には目をかけてやったのに。飼い犬になんとかだな」
「教えてください、専務。何が起きてるんですか?」
「亮太、お前どこまで知ってる?」
「どこまでって、何も知りません」
亮太は軽く恍けてみせた。坂口は薄笑いを浮かべると、壁面に埋め込まれたロッカーからライフル銃を一丁取り出し、弾をこめながら言った。
「ほんとに知らないのか?」
「は、はい・・・」
「じゃあ教えてやろう。何年か前、俺たちはある女をレイプした。俺たちの仲間のひとりがその女に気があったんだが、袖にされたそうだ。その腹いせっていうか、ちょっとしたお遊びだな。だが慢悪く、そいつ腹んじまいやがった」
「かざね、か・・・」
吐き気に襲われた亮太だが、絞りだすような声で坂口に問うた。
「そうだ。溝端かざね」
亮太は怒りを露わにして、坂口を睨みつけた。
「男遊びの盛んな女だったから、まさかとは思ったんだが、ガキをネタに揺すられたんじゃたまらない。だから、ガキを殺した」
「専務、あんた・・・」
「母親を犯人に仕立てようとしたが、上手くいかなかった。けど、女が町を出て、丸く収まってたんだ。それがよ、なんでまた舞い戻ってきやがたんだ!」
「すると、あの白骨死体は?」
「ああ、5年前に殺したガキのだよ」
「さちや、か?」
「そんな名前だったかな」
「そんな名前だったかじゃねえだろ!」
「殺したガキの名前なんていちいち憶えてられっか!」
坂口はライフル銃を構え、安全装置を外した。
「いぶきは、いぶきは無事なのか?」
「殺したガキに似た子どものことか。ああ、生きてるよ、今はな」
「どこにいる? いぶき、どこにいるんだ?」
「お前バカか。世間的にはそのガキが死体で見つかったんだ。母親が殺したってことで決まり。あとは俺たちが残ったガキを始末すれば、事は終わる。シナリオ通りさ」
坂口は銃口を亮太に向けた。
「専務、俺はあんたを許さない。いぶきも殺させない」
「何ヒーローぶってんだ。お前、まだあの女に惚れてるのか?」
「俺は死んでも構わない、しょうもない人間だから。でも、子どもに罪はないだろう、専務」
「型式の古い猟銃は扱いが難しい。素人が触ると暴発する場合もある。ここでお前を射殺しても、なんとでも言い訳がきく。なんせ死体検案するのが、俺たちの仲間だからな」
坂口は汗が滴る亮太の顔面に照準を合わせた。亮太は懇願する気持ちをこめて坂口を見つめた。
坂口は無表情で引き金に指をかけた。
しかし何かに邪魔されて、引き金が引けない。
何度か指に力をこめたが、弾は発射されなかった。亮太には見えた。
銃口の先から何かが銃身に中に入っていくのを。
引き金が動いた次の瞬間、爆発音がした。
亮太はすぼめた首を戻して坂口を見た。坂口の顔半分が吹き飛んでいた。
血しぶきや脳の一部が壁に飛び散り、べったりと貼りついた。
喉の奥から声を発した坂口が、腰砕けに転倒し絶命した。
作品名:ヒトサシユビの森 5.ヒトサシユビ 作家名:JAY-TA