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ヒトサシユビの森 5.ヒトサシユビ

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「やめろ、やめろ! 来るな、来るな!」
顔や手や腹や足、至るところを掻きむしりながら、玉井は狂ったように登山道を駆けのぼった。
小突かれる感覚は止まらず、身をよじらせながら山上付近にある稲荷神社に辿りついた。
神社の境内では宮司がひとり、竹ほうきで落ち葉を掃き集めていた。
宮司の姿を認めて玉井が思わず呟いた。
「助けてくれ」
尋常ではない玉井の形相を見た宮司が答えた。
「どうかされましたか、玉井さん」
助けを請うて玉井は宮司の顔を拝んだ。次の瞬間、宮司の顔が消えた。宮司を見る玉井の視線をその物体が遮った。
「見逃してくれ」
玉井は今度はその物体に話しかけた。
「玉井さん、お話を伺いましょうか」
宮司の声が玉井の耳に届く寸前に、玉井は大声を発した。
左眼の睫毛に何かが触れるのを感じた玉井は、左眼を両手で押さえながら、バタつく足取りで林の中に逃げこんだ。
宮司は首を傾げ、集めた落ち葉を塵取りに寄せ集めた。
稲荷神社から天狗岳方面に玉井は転がり落ちるように山を下った。
谷間にかかる吊り橋が見えたあたりで、玉井は立ち止まり肩で息をした。
無意識のうちに玉井の足は天狗岳の山麓にある山小屋を目指していた。
小屋に行けば猟銃がある。猟銃を手にすればこの邪気を追い払えるような気がした。
知らぬ間に小突かれる感覚はなくなっていた。
玉井は息を整えながら、時には後ろを振り返りながら、吊り橋を渡り始めた。
吊り橋の桁板はところどころ抜け落ちていて、残りの桁板は老朽化してはいるものの、人が渡るには十分な強度がある。
それが玉井の認識だった。だがそれは違っていた。
残る桁板は底割れし、くの字に緩く折れ曲がっていた。
上方から圧がかかり、メキメキと音を鳴らしささくれだった。
それでも玉井は吊り橋の真ん中まで渡りきった。
吊り橋はゆらゆらと揺れるながらも安定を保っていた。
そして玉井がさらに一歩、足を桁板に乗せた瞬間、桁板がバキっと音をたてて割れ落ちた。
玉井はバランスを崩し前方に倒れこんだ。やみくもに振り回した手にかろうじてワイヤーの1本が触れた。
玉井はそれをしっかり掴んだが、身体は吊り橋の下で宙吊りになった。
桁板の欠片がハラハラと下を流れる笹良川に水面に落ちた。
流れは浅く水量は少ない。水面まで建物でいうと5階くらいの高さがあろうか。
人が落ちれば、骨折は免れない。打ちどころが悪ければ命にかかわる。
ワイヤーを伝っていけば向こう岸まで渡れる。
そう考えた玉井は、両方の手でワイヤーを掴もうと、身体を揺すって空いた手をワイヤーに伸ばした。しかし上手くいかない。
片手の状態が長引き、ぶら下がっているほうの手に負担がかかる。
握力が次第に弱まってきた。ワイヤーを掴む手の小指が外れ、薬指が外れた。
残りの指3本で体重を支えている中、さらにそのうちの1本、中指にワイヤーから引き剥がそうとする得体の知れない力が働いた。
ぎゃぁぁぁ
谷間に玉井の叫ぶ声が轟いた。
玉井は吊り橋から落下し、笹良川の水面に叩きつけられた。
幸いにも川底の砂利がクッションの役目を果たした。
腕、肩、腰を激しく打ちつけた。肋骨と足の一部に骨折したような激しい痛みがあるものの、頭部と頸椎は損傷を免れた。
落命せずに済んだ、と玉井はせせらぎを這いあがり胸を撫でおろした。
小突かれる感覚。指の幻影。あれは何だったんだ?
玉井は足を引きずって川岸に身体を投げ出した。仰向けに倒れ、空を見あげた。
真っ青な空を綿菓子のような白い雲が、形を変えながら緩やかに流れる様をしみじみと眺めた。
自然の風景に癒され、痛みに耐えていると、藪のほうから何かが近づいてくる葉擦れの音が聞こえてきた。
ドスンドスンという地響きを伴って、それは藪から現れた。威嚇するような唸り声をあげたかと思うと、玉井の傍らに立ちあがった。
空を覆い隠さんばかりの大きさだ。そしてそれは、為すすべもなく唯々恐怖に怯える玉井の顔めがけて、4本の鋭い爪を振りおろした。