Plin
「セックスを強要されたんだな?」
「まぁね、でも強姦じゃないよ、どうせバンドに入る時からの交換条件だったしさ」
「交換条件だった?」
「まぁ、バンドはメジャーってわけじゃないけどライブハウスじゃ結構人気あるんだ、そのバンドに北海道からなんのアテもなく出てきたあたしを入れてくれるって言うんだからそれ位の条件は呑むっきゃないよ」
「強要されたってことだな?」
「まぁ、そういうことになるのかな、でもレイプされたわけじゃないよ、こっちも一応納得してパンツ脱いでるんだからさ、和姦ってやつ?」
「その辺の判断は任せてもらいたいな、余計なことは付け足さなくていい」
「わかった……」
「君をバンドに加入させる際、彼らは肉体関係を結ぶことを条件にした、そして何の当てもなく上京した君は、仕事を得るためにその条件を呑まないわけには行かなかった、そう言うことだね?」
「そうだね……なんか、しょうがないやって考えてたけど、きちんと言葉にすると結構ゲスいね……だけどさ」
「だけど、何だ?」
「あいつらが長く刑務所に入るのって困るんだけど……あたし、歌えなくなるじゃん」
「彼らの事は私の仕事の範疇じゃないな、私にはどうすることもできない、しかし、覚醒剤を売りさばいていたわけだから実刑は免れないだろうな、もし彼らの弁護が自分の仕事だったとしても、出来ることは大してないよ」
「やっぱ、そうか……そうだよね……」
「力になってあげられなくてすまない」
「先生が謝る事じゃないよ……良い人なんだね」
「誰が?」
「先生が……こっちに出てきてから3年になるけど、あたしの為に何かしてくれようとした人、初めてだよ、『すまない』なんていわれたことも……みんなあたしを使うことしか考えてなかったもん」
「そ、そうかい?」
まさか『何も出来ない』と言ったのに礼を言われるとは想像していなかったので驚いた、しかし、もっと驚いたのは、自分が『すまない』と言ったことだった、こちらには何の落ち度も責任もないことだったのに。
「先生、良い人みたいで嬉しいよ」
「いや……まあ、力は尽くすから、君も協力して欲しいな」
「うん、わかった、正直に言うとね、やっぱり牢屋はヤダ、嘘は絶対につきたくないけど、先生に任せて出来る限り協力する」
「ああ、そうして欲しいな」
(なんだか調子が狂うな)
面会を終えて事務所に戻る途中、田中は何だかくすぐったいような違和感を覚えていた。
依頼人は少しでも自分に有利になるようなことを多くを語り、自分の不利になりそうなことは隠そうとするのが常だ、嘘をつかれる事だって少なくはない。
ところが彼女と来たら……。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
由子の母、洋子が大学に入学した頃は、ちょうど学生運動の嵐が吹き荒れている時期だった。
せっかく大学に入ったのにまともに授業も受けられないのもさることながら、活動のあり方にも大いに疑問を感じた。
本当に世の中を変えたいなら結束すべきだと思うのだが、実際は幾つもの流派に分かれて暴力的な闘争を繰り返す……目的と活動がまるで一致していないように思える。
アジトだのバリケードだのといったゲリラ戦的な雰囲気にも気持ちがすさむ。
そんな中で、アメリカ西海岸で巻き起こったヒッピームーブメントには心惹かれた。
ヒッピー達が唱え、実践しようとしたのは、ひとことで言えば自由とラブ&ピース。
プロテスタントに基づく価値観に反旗を翻し、当時泥沼化していたベトナム戦争に反対し、アポロ計画に象徴される科学万能主義に疑問を投げかけたのだ。
それゆえ、ヒッピーたちは東洋思想に並々ならぬ興味を示していたので、日本からふらりとやってきた洋子は熱烈に歓迎された。
70年代半ば、ヒッピームーブメントの終焉とともに日本に舞い戻った洋子だったが、その価値観は全く変わらず、自由奔放に生きた。
仕事の種類を選ぶことはせず、やりたいと思った仕事をやり、疑問を抱けばすぐに仕事を変えてしまう、結婚という制度に縛られることなく、恋に落ちればどんな男とでも共に暮らし、価値観を共有できなくなったと感じれば未練なく別れてしまう。
洋子が由子を授かったのは40歳の時、生物学的なタイムリミットを目前にしてやはり一人は子供を育ててみたいと思ったから……由子が生まれた時、由子の生物学上の父親とは既に別れた後だった。
いくら自由に生きると言っても子供を育てるとなれば定まった住まいと仕事は必要。
洋子は北海道の酪農農家に住み込みの職を見つけると、ためらうことなく北海道に飛んだ……。
幸い、酪農農家の仕事と北海道の気風は洋子にしっくりと合った。
母娘のねぐらとして離れを与えられたが、食事や団欒は農場主家族と一緒、それもコミューンで暮していた洋子には心地良い。
由子もそんな環境で伸び伸びと育った。
洋子が由子に何度も何度も言い聞かせたのは、ただ三つ。
「自分が思うように自由に生きなさい」
「でも、他人に迷惑を掛けてはだめ、嘘もいけないわ」
「自由には責任がついて回るの、自分がやったことには責任を持ちなさい」
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「なるほど、豪快なお母さんだな」
田中が思わず微笑むと、由子も顔をくしゃくしゃにして笑った。
「そうだね、あたしもそう思う、あのお母さんの娘に生まれてラッキーだと思ってるよ」
二度目の面会、正直に言って由子の人となりを知るための面会となる。
初犯で、所持と使用のみなら執行猶予が付くことは過去の判例からしてほぼ確実だ、彼女の仕事内容からしてもそれだけなら大きな障害にはならないだろう、ただ、仲間は売却に手を染めていた事もわかっている、由子がそれに関わっていないことは確信しているが、それを証明する証拠はない、状況や心情から判断してもらう他はないのだ、それには由子を良く知らないことには……それは弁護の為だけではなく、個人的に興味もあるのだが……。
「子供の頃って、どんな子だったのかな?」
「あたし? ワルかったよ」
「そうかい?」
「勉強嫌いだからさ、全然やらなかった、学校でまともにやってたのは音楽と図工と体育、あと国語は結構好きだったかも、文法とか漢字とかは別にして」
由子は『ワルかった』と表現したが、どうも天衣無縫なだけだったような気がする。
「音楽はその頃から好きだったのかな?」
「お母さんがね、ジャニスの大ファンだったんだ、毎日のように流れてたから自然に覚えてさ、英語の歌詞なんか全然わからなかったけど音で覚えちゃった」
「それが今でも糧になっているわけだ」
「そうだね、あたしも大好きだったから何でも真似した、真似してるうちに声とか顔まで似てきちゃったよ」
田中もジャニスのことはネットでだが一通りチェックした。
プリンが歌っているのをまだ聴いた事が無いので歌声まではわからないが、地声はハスキーと言うよりもしゃがれ声、英語と日本語の違いはあってもなんとなく口調も似ている。