あの日、俺はヒーローを想うヒロインに恋をした。
新しいこと
小糠と河原と食堂で昼食を食べていた時、一人の女子生徒が俺達に近付いた。「河原君……ちょっといいかな?」
河原がめんどくさそうな顔をして女子生徒を見る。
「なに」
「……え、ええと……昼食が終わったら、体育館裏に来てほしいの」
女子生徒は恥ずかしげに俯きながら言う。
女子生徒の様子と体育館裏という単語から、俺はああ、と理解する。
「……分かった」
河原が頷くと、女子生徒は河原に背を向けて去っていく。
「……はあ、また告白かな」
「また?」
「球技大会が終わってから、よく告白されるようになったんす」
俺は球技大会での河原の姿を思い出す。
球技大会の河原の活躍は目を引くもので、それに魅了された女子生徒は多いのだろう。
「まあ、全部断ってるっすけどね。俺は風が恋人っすから」
河原の言葉に思わず口をつぐむと、小糠がふふ、と笑った。
「みーくん、相変わらず風が大好きなんだね」
「まーな。この前の球技大会の日の風とか程よい強風で俺の理想だったな」
何処か普通ではない会話に突っ込むべきか迷っていると、河原がラーメンを食べ終えたらしく立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるっす」
右手を上げて去っていく河原を見送り、小糠を見ると、彼女は何処か不安そうな表情をしていた。
「もしみーくんが告白をOKしたらどうしよう……」
「あいつは風が恋人らしいからそれはないだろ」
「……そうですけれど、気が変わることもあるかもしれません」
眉を下げる小糠に、俺は気になっていたことを問いかける。
「小糠は河原に告白しないのか?」
小糠が目を丸くする。
「……わ、私は告白しませんよ!片想いですから」
「告白してみたら、河原もお前をそういう対象として意識し始めるかもしれないぞ?」
小糠の目が揺れて、彼女は悩むように眉を寄せる。
「そんなこと……ないですよ。仮にあったとしても、私にはそんな勇気はないですし……」
弱々しく言う小糠に、安堵している自分がいた。
(小糠には悪いが、小糠が告白して河原と付き合うようなことがあれば俺が困るからな)
内心で苦笑して、俺は箸を握り直して残ったうどんに口をつけた。
放課後になり、校舎から出た俺はグラウンドを眺めた。グラウンドには運動部の部員が走っている。その中に、河原はいた。
河原は球技大会で見せた表情と同じ表情で他の部員達と走っている。
(やっぱりかっこいいよな、あいつ)
小糠は河原のかっこよさに惚れたのだろう。
(それに比べて俺は何をやってるんだか)
俺は帰宅部で、特に打ち込んでいるものはない。趣味と言えるものも特になかった。
(何か、始めてみるかね)
何がいいだろうかと考えて、ある案が浮かぶ。
「ギターとかどうだ?なんかかっこいいし」
口にして、よし、それにしようと決めた俺は、家へと走り出した。
作品名:あの日、俺はヒーローを想うヒロインに恋をした。 作家名:如月