あの日、俺はヒーローを想うヒロインに恋をした。
俺は、運動神経は人並みだ。しかしバレーは昔から兄貴とやっていたから、それなりには出来た。
そんな俺がいるチームが何処まで勝ち上がれるかは分からないが、一回戦は相手が一年生のチームだったこともあり勝つことが出来た。
「問題は二回戦か……」
二回戦の相手は、なんと河原がいるチームだった。
まさかこんなに早くライバルであるあいつと戦えるとは思わなかった。
(絶対あいつに勝ってやる……!)
メラメラと闘志を燃やしていると、級友がはあ~~と大きく溜め息をついた。
「勝てるわけねーよ、あんなバケモンがいるチームに」
「……おい、やる前から諦めるなよ」
級友を睨み付けると、級友は肩を竦める。
「何でお前はそんなにやる気になっているんだ?たかが学校行事だろ」
「……確かに、たかが学校行事なのかもしれない」
俺は離れた場所にいる河原を見据える。
「でも、俺は負けたくないんだ。たとえその相手が、バケモノじみた運動神経を持っていたとしても」
そう、俺は河原に負けたくない。
たとえ此方が不利だとしても、やる前から諦めたくはないんだ。
「……ふぅん」
級友は何かを言いたげだったが、一言それだけ言って口を閉ざした。
「波多野先輩!」
試合が始まる前に、名前を呼ばれてそちらを見ると、ジャージ姿の小糠が立っていた。
その姿も可愛いなと思っていると、小糠は興奮した様子で話し出す。
「さっきの試合、観ましたよ!波多野先輩、かっこよかったです!」
思わぬ言葉に目を見開いて、俺は内心でガッツポーズをする。
「波多野先輩、バレー上手いんですね!」
「いや……それほどでもな……いやあるけど」
鼻の下を伸ばす俺に、小糠は真面目な表情を浮かべて言う。
「次は……みーくんのチームとですね」
「ああ」
頷いて、ふと気になったことを問い掛ける。
「小糠は俺と河原、どっちのチームを応援するんだ?」
「えっ!?」
小糠が肩を跳ねさせて、うーん……と悩む表情を見せる。
「難しいですね……みーくんと波多野先輩、どちらのチームも勝ってほしいですし……」
直ぐに小糠が「みーくんのチームを応援します!」と言わなかったことに少し安堵して、俺は小糠の頭にぽんと手を置く。
「どっちを応援しても構わない。でも……俺は絶対にあいつに勝つよ」
はっきりと断言して、小糠の頭から手を離して小糠に背を向けた。
試合が始まる直前、コートに入った俺は河原と向かい合う。
「河原、絶対にお前に勝つ」
河原は目を見開いて、不敵な笑みを見せる。
「俺は、負けないっすよ。アンタにだって、誰にだって」
河原に笑い返すと、試合が始まるブザーが鳴った。
俺のチームの一人が、サーブを打つ。
相手のチームの一人がレシーブし、別の一人が危なげなく河原にパスを出す。
(――来る!!)
河原が大きく腕を振り上げ、勢いよくボールを叩き付ける。
「っ!」
腕を伸ばすが、ボールには追い付かず、ドスン!とボールは床に落ちる。
「うおおおお!!!」
「やっぱりあの一年はすげえ!!!」
歓声が上がり、河原は不敵に笑う。
「アンタはその程度っすか?」
「ッ!今のは、ちょっと腕が届かなかっただけだ!」
まだ、試合は始まったばかりだ。次はとってやる!
パスが、再び河原に上がる。
河原が、大きく腕を振り上げ――
バチン!!!
「っ!!!」
ボールは腕に当たらず、床に落ちる。
「……まだだ!!!」
バチン!!!
バチン!!!
バチン!!!
何度も、ボールが床に落ちては転がっていく。
「はあ、はあ……」
荒い息を吐き出すと、級友の一人が声を掛けてくる。
「もう、諦めようぜ。あんな殺人級のスパイクなんてとれる訳がない……」
「…………」
俺は一度級友を見て、向かいに立つ河原を見据える。
……俺は、運動神経は人並みだ。
そんな俺が河原みたいな奴に勝つことは不可能なのかもしれない。
(俺は、ヒーローにはなれねぇ……)
俺はモブ――良くて、脇役だ。
(でも……それでも俺は……!!!)
「うおおおおおおお!!!!」
ドン!!!
伸ばした腕がボールに当たり、ボールが空へと上がる。
ボールは誰もいない箇所にドスンと落ちた。
「か――かえしやがったああああ!!!」
ワアアアアアア!!!!
場内一面に歓声が上がり、俺は思わずガッツポーズをする。
「凄いぜ波多野!あんな殺人級のスパイクを返すなんて!!」
級友の一人が興奮した様子で俺の肩を叩く。
「俺、お前のことをただの顔がいいだけの奴って思っていたけど違うんだな!!」
……おい、殴るぞコラ。
級友を睨み付けると、級友は真剣な眼差しを浮かべる。
「俺も負けてられねぇな。よーし、お前ら、この試合ぜってー勝つぞ!!」
おおーーー!!!
やる気がなかったはずのクラスメート達が力強く返事をし、俺にニッと笑みを向ける。
俺は胸が熱くなるのを感じながら、彼らに笑い返した。
試合は接戦だった。
河原の活躍より、相手のチームは一年生とは思えない猛撃を見せた。
俺はひたすら必死にボールを追い続けた。
河原の殺人スパイクに、何度も食らいついた。
走って、打って、走って。
そして――――
ピピーーーー
「試合終了!!」
はあ、はあと息を吐き出して立ち上がり、河原を見ると、彼は満面に笑みを広げた。
「楽しかったっす!アンタと戦えて良かった」
俺は笑おうとして、失敗した。
拳を握り締めて、河原に背を向けて、走り出す。
――負けた。
接戦だった。俺は、全力を尽くした。級友達も、よく頑張ってくれた。それでも――負けた。
(……悔しい)
河原に負けたことが、これ程にも悔しい。
人気のない場所まで走って、俺は大きく息を吐き出す。
「やっぱり、ヒーローには勝てねぇのかな……」
モブ、良くて脇役でしかない俺は、河原には勝てないのだろうか。
「……それでも、諦めたくはねぇけど」
そう呟いた時、「波多野先輩!」と俺を呼ぶ声がして、振り返ると、此方に近付いてくる小糠の姿が視界に映った。
「波多野先輩、お疲れ様です」
「……ああ」
小糠の顔が見られず小糠から視線を外す。
「かっこわりーなぁ……お前に絶対勝つとか言いながら負けるなんて」
苦笑しながら言うと、右手を掴まれる感覚がした。
「そんなことないです!波多野先輩、とってもかっこよかったです!みーくんよりも、かっこよかったかも……!」
思わぬ言葉に目を見開くと、小糠は微かに頬を赤らめる。
「実は……途中から波多野先輩のチームを応援してました。みーくんには、悪いけれど……」
照れたように言う小糠を、俺はただ見つめる。
「……とにかく!波多野先輩はかっこわるくなんかないです!あの場にいた誰よりもかっこよかったです!!」
真っ直ぐな眼差しに、真っ直ぐな言葉に胸を打たれ、俺は口を開く。
「小糠……いや、みなこ――」
そんな俺がいるチームが何処まで勝ち上がれるかは分からないが、一回戦は相手が一年生のチームだったこともあり勝つことが出来た。
「問題は二回戦か……」
二回戦の相手は、なんと河原がいるチームだった。
まさかこんなに早くライバルであるあいつと戦えるとは思わなかった。
(絶対あいつに勝ってやる……!)
メラメラと闘志を燃やしていると、級友がはあ~~と大きく溜め息をついた。
「勝てるわけねーよ、あんなバケモンがいるチームに」
「……おい、やる前から諦めるなよ」
級友を睨み付けると、級友は肩を竦める。
「何でお前はそんなにやる気になっているんだ?たかが学校行事だろ」
「……確かに、たかが学校行事なのかもしれない」
俺は離れた場所にいる河原を見据える。
「でも、俺は負けたくないんだ。たとえその相手が、バケモノじみた運動神経を持っていたとしても」
そう、俺は河原に負けたくない。
たとえ此方が不利だとしても、やる前から諦めたくはないんだ。
「……ふぅん」
級友は何かを言いたげだったが、一言それだけ言って口を閉ざした。
「波多野先輩!」
試合が始まる前に、名前を呼ばれてそちらを見ると、ジャージ姿の小糠が立っていた。
その姿も可愛いなと思っていると、小糠は興奮した様子で話し出す。
「さっきの試合、観ましたよ!波多野先輩、かっこよかったです!」
思わぬ言葉に目を見開いて、俺は内心でガッツポーズをする。
「波多野先輩、バレー上手いんですね!」
「いや……それほどでもな……いやあるけど」
鼻の下を伸ばす俺に、小糠は真面目な表情を浮かべて言う。
「次は……みーくんのチームとですね」
「ああ」
頷いて、ふと気になったことを問い掛ける。
「小糠は俺と河原、どっちのチームを応援するんだ?」
「えっ!?」
小糠が肩を跳ねさせて、うーん……と悩む表情を見せる。
「難しいですね……みーくんと波多野先輩、どちらのチームも勝ってほしいですし……」
直ぐに小糠が「みーくんのチームを応援します!」と言わなかったことに少し安堵して、俺は小糠の頭にぽんと手を置く。
「どっちを応援しても構わない。でも……俺は絶対にあいつに勝つよ」
はっきりと断言して、小糠の頭から手を離して小糠に背を向けた。
試合が始まる直前、コートに入った俺は河原と向かい合う。
「河原、絶対にお前に勝つ」
河原は目を見開いて、不敵な笑みを見せる。
「俺は、負けないっすよ。アンタにだって、誰にだって」
河原に笑い返すと、試合が始まるブザーが鳴った。
俺のチームの一人が、サーブを打つ。
相手のチームの一人がレシーブし、別の一人が危なげなく河原にパスを出す。
(――来る!!)
河原が大きく腕を振り上げ、勢いよくボールを叩き付ける。
「っ!」
腕を伸ばすが、ボールには追い付かず、ドスン!とボールは床に落ちる。
「うおおおお!!!」
「やっぱりあの一年はすげえ!!!」
歓声が上がり、河原は不敵に笑う。
「アンタはその程度っすか?」
「ッ!今のは、ちょっと腕が届かなかっただけだ!」
まだ、試合は始まったばかりだ。次はとってやる!
パスが、再び河原に上がる。
河原が、大きく腕を振り上げ――
バチン!!!
「っ!!!」
ボールは腕に当たらず、床に落ちる。
「……まだだ!!!」
バチン!!!
バチン!!!
バチン!!!
何度も、ボールが床に落ちては転がっていく。
「はあ、はあ……」
荒い息を吐き出すと、級友の一人が声を掛けてくる。
「もう、諦めようぜ。あんな殺人級のスパイクなんてとれる訳がない……」
「…………」
俺は一度級友を見て、向かいに立つ河原を見据える。
……俺は、運動神経は人並みだ。
そんな俺が河原みたいな奴に勝つことは不可能なのかもしれない。
(俺は、ヒーローにはなれねぇ……)
俺はモブ――良くて、脇役だ。
(でも……それでも俺は……!!!)
「うおおおおおおお!!!!」
ドン!!!
伸ばした腕がボールに当たり、ボールが空へと上がる。
ボールは誰もいない箇所にドスンと落ちた。
「か――かえしやがったああああ!!!」
ワアアアアアア!!!!
場内一面に歓声が上がり、俺は思わずガッツポーズをする。
「凄いぜ波多野!あんな殺人級のスパイクを返すなんて!!」
級友の一人が興奮した様子で俺の肩を叩く。
「俺、お前のことをただの顔がいいだけの奴って思っていたけど違うんだな!!」
……おい、殴るぞコラ。
級友を睨み付けると、級友は真剣な眼差しを浮かべる。
「俺も負けてられねぇな。よーし、お前ら、この試合ぜってー勝つぞ!!」
おおーーー!!!
やる気がなかったはずのクラスメート達が力強く返事をし、俺にニッと笑みを向ける。
俺は胸が熱くなるのを感じながら、彼らに笑い返した。
試合は接戦だった。
河原の活躍より、相手のチームは一年生とは思えない猛撃を見せた。
俺はひたすら必死にボールを追い続けた。
河原の殺人スパイクに、何度も食らいついた。
走って、打って、走って。
そして――――
ピピーーーー
「試合終了!!」
はあ、はあと息を吐き出して立ち上がり、河原を見ると、彼は満面に笑みを広げた。
「楽しかったっす!アンタと戦えて良かった」
俺は笑おうとして、失敗した。
拳を握り締めて、河原に背を向けて、走り出す。
――負けた。
接戦だった。俺は、全力を尽くした。級友達も、よく頑張ってくれた。それでも――負けた。
(……悔しい)
河原に負けたことが、これ程にも悔しい。
人気のない場所まで走って、俺は大きく息を吐き出す。
「やっぱり、ヒーローには勝てねぇのかな……」
モブ、良くて脇役でしかない俺は、河原には勝てないのだろうか。
「……それでも、諦めたくはねぇけど」
そう呟いた時、「波多野先輩!」と俺を呼ぶ声がして、振り返ると、此方に近付いてくる小糠の姿が視界に映った。
「波多野先輩、お疲れ様です」
「……ああ」
小糠の顔が見られず小糠から視線を外す。
「かっこわりーなぁ……お前に絶対勝つとか言いながら負けるなんて」
苦笑しながら言うと、右手を掴まれる感覚がした。
「そんなことないです!波多野先輩、とってもかっこよかったです!みーくんよりも、かっこよかったかも……!」
思わぬ言葉に目を見開くと、小糠は微かに頬を赤らめる。
「実は……途中から波多野先輩のチームを応援してました。みーくんには、悪いけれど……」
照れたように言う小糠を、俺はただ見つめる。
「……とにかく!波多野先輩はかっこわるくなんかないです!あの場にいた誰よりもかっこよかったです!!」
真っ直ぐな眼差しに、真っ直ぐな言葉に胸を打たれ、俺は口を開く。
「小糠……いや、みなこ――」
作品名:あの日、俺はヒーローを想うヒロインに恋をした。 作家名:如月