霊感少女 第一章
白い服の女事件
夏になり 相楽は 僕の家の近所で バイトを始めた
バイト先は とんかつ屋
正直 相楽とトンカツは まったく違うイメージだ
「絶対に来るな!」
と釘を刺されていたが 興味津々の姉に便乗して 一度だけ 食べに行った
三角巾にエプロン姿の相楽は 客商売にも関わらず 無表情で 淡々と注文を取っていたが テキパキと仕事をこなすので 店長の評価は 結構 良かった方だ
そして 僕の家の近所で バイトをするには 理由もあった
相楽の家は 町外れにあり 自転車で通学すると 軽く一時間かかる。
なので 原付きバイクで 僕の家に置いてある自転車に乗り換えて登校していたのだ。
違う学校へ通っていたので 一緒に登校する事は なかったが わずかな時間だが 朝から彼女に会えるのは 悪い気はしない
親公認の仲とまでは いかないが バイト前に 僕の部屋で制服を着替える相楽に 家の鍵の隠し場所は 教えてあった
しかし 難点もある
バイト帰りの相楽を 家まで送り届ける事だ
それも 原付きの相楽を 自転車で送るのは 結構 大変で 行きは バイクに掴まり楽勝なのだが 帰りがきつい
そんな時に 事件は 起きた
バイトを終えた相楽が 僕の部屋に上がって来た
部屋に入るなり
「変な感じ」
と 部屋の中を見回す
「ヤメロって」
自分の部屋に 何か居ると言われるのは 正直 嫌だ
「空気が濁ってるよ」
「煙草だろ」
「そうじゃなくて」
「もう ヤメロ」
険悪な雰囲気になり
「…そうだね」
と 相楽は口を閉じた
霊感が強い彼女には 当たり前の出来事でも 凡人の僕には ただ 怖さだけが残る
些細な彼女の仕草に ビクビクし くだらない想像を膨らませてしまうからだ
だが 今日は 様子が違う
いつも冷静な彼女が ソワソワしている
何か言いたげに 腕にしがみついていた
「ねぇ 何も言わないから 約束だけは 守って」
「約束?」
「うん」
「何?」
少し安心したのか ホッとした顔をして
「後で言う」
「なんだそれ」
謎過ぎる女だ
その後 他愛ない会話をして 相楽を家に送りに外に出た
湿気があるのか 生温い風がべたつく夜だった
いつも通りの道を走り いつもと同じ踏み切りの前で 急に 相楽はブレーキを掛けた
「なんだよ」
「居る」
背筋が 凍る
「ダメ この踏み切り」
「マジかよ」
「違う踏み切りを渡ろう」
「冗談だろ?」
踏み切りなど そうそう ある訳もない
線路沿いの道もなく 住宅をぐるっと回らなければならないのだ
返事を聞くまでもなく バイクをUターンさせ相楽は来た道を引き返していた
怖がりの悪い癖は 怖いくせに 知りたくなる事だ
「何が居たんだ?」
「聞かない方がいいよ」
「チョットだけ」
「白い服着た女の人」
一瞬にして 後悔する
聞かなければ 良かったと
「地縛霊じゃないわ」
「もう いい…」
「浮遊霊ね」
「ヤメロって」
全身 鳥肌が立つ
バイクを掴む手が震えだし 上手く握れず 自転車がグラツキだすと 相楽は バイクのスピードを落とした
なんとか 体勢を持ち直した頃
「行き場を探しているわ」と ボソッと呟いた
(勘弁してくれ)
相楽の家に着き 車庫の前で 神妙な顔をした相楽が
「約束して」
と 念を押す
「あの踏み切りは渡らないで 絶対に」
「…あ ああ」
「絶対によ」
「わかったよ」
「お願いだから 約束して」
「わかったって」
自転車を漕ぎ出し 少しして振り返ると 相楽は車庫の前で 突っ立ったままだった
信用は ないらしい
頭の中で 何度も[踏み切り]と繰り返し考えていたが 20分以上も 自転車を漕いでいると 思考力は 深夜番組のテレビ欄に占領されていた
気がついた時は いつも通りの道を辿り 曲がるべき迂回路を通り過ぎた後だった
「ヤベッ」
とは 言ったものの 引き返すのも面倒臭くなり いつもと何も変わらない踏み切りを渡っていた
まさか 後々 後悔する事になるとは 思ってもいなかったからだ
翌日 自転車とバイクを入れ替えしている相楽に声をかけると 無言で 顔を叩かれた
機嫌を直そうと バイクを車庫に入れていると
自転車を支えたまま 二階の窓を睨みつけている
「嘘つき」
振り上げた手を押さえながら
「悪かった 謝るよ」
と 頭を下げたが 顔を背けられた
「約束したのに…」
再度 二階の窓を見上げ
「居るからね」
「…誰が…?」
「白い服の女」
二階の窓を見たが 何も見えない
「…冗談だろ?」
引き攣った顔で 必死で笑い顔を作ったが 相楽の反応は冷たく
「両手を窓につけて こっち見てる」
(マジっすか!)
「知らないよ 雅人が 連れて来たんだからね」
と 睨み
「だから ダメって言ったでしょ」
と 脇腹を蹴り上げ 自転車に乗って走り去った
彼女の霊体験を聞いているだけに 説得力がある
本当に 窓に張り付いて見ているのだろうか
怖くて もう一度 確認する事は 出来なかった
帰宅してから さらに 恐怖に震え上がるとも知らずに 夢中で 彼女の後を追っていた
夕方 帰宅すると置いてあるはずのバイクはなく 相楽の自転車が置いてあった
バイトが休みらしく 相楽はバイクで帰った後だった
多分 まだ 怒っているのだろう
玄関を開けると 家の中が冷えきっている
冷蔵庫の中から麦茶を取り出し 茶の間を見たが いつもと雰囲気が 違う
夕方とは言え 夏は日が長く電気を点けなくても まだ 外の光りが反射してるはずだが 薄暗く見えた
意識しすぎているからなのだろう
二階の部屋に入ると 寒気がする
(なんだ?)
脳裏に 相楽の言葉が浮かんだ
[部屋に居るからね]
悪寒が走ったが 部屋を見回し 何も代わり映えしない部屋に
「居るかよ」
と 自分に言い聞かせて制服のズボンを脱ぎ そのままベッドに寝転んだ
窓に女が張り付いていた?
馬鹿馬鹿しいと 窓を見た瞬間 凍りついた
窓硝子に ふたつの手形が 浮かび上がっていたからだ
「うわぁぁぁ」
情けない悲鳴を発して 這いつくばって部屋を脱出し 転がる様に階段を降り玄関を飛び出していた
「うわぁぁぁぁぁ」
二度目の悲鳴は 玄関の前に 相楽が立っていたからだ
相楽は 冷ややかな口調で
「パンツで何処行くのよ」
と 溜息をついた
「てが…手形が…」
「だから言ったでしょ」
「…ごめんなさい」
「馬鹿なんだから」
睨みながら 相楽は家の中に入っていった
玄関を閉め様とすると
「開けといて」
二階の階段を昇り
「自分の足で帰って貰うから」
と 言った。
僕は パンツ姿なのも忘れ 玄関のドアノブに風通し用の紐を 縛り付け 何度も確認をしていた。
部屋の前で目を閉じ立っている相楽が ブツブツ何かを唱え
「お酒」
「酒?」
「持って来て」
「焼酎でもいいのか?」
キッと睨んだ相楽が
「馬鹿じゃないの」
と 膝を蹴った
「…お仏壇にあるから」
「仏壇?」
「早く!」
慌てて祖母の部屋にある仏壇に 酒の小瓶を取りに行った
そして酒瓶を握りしめ
「おじいちゃん守って」