Sue
「日本に行くか? 家族とは会えなくなってしまうが」
「今でも会えないから同じ……」
「日本でAVに出ることになるが、いいか?」
「AVって?」
「セックスを撮影したビデオだ、それを売る事になるが」
「ここでは毎日5人くらいのお客を取らされるの……それよりは少ない?」
「ああ、ずっと少ない、ちゃんとした家に住んでちゃんとした食事も出来る、今も家族には金を渡しているのか?」
「ううん……私はここのオーナーの所有物だから……」
「自由になりたいか?」
「もしそう出来るなら夢のよう……」
俺の腹は即座に決まった、スーを何としても日本に連れて帰らなければ……。
売春宿との交渉は難航した、スーは相場の2.5倍、5,000ドルで売られて来た事は母親から聞いている、しかし、ここでのスーの稼ぎはかなり良いらしい、オーナーは金づるを元値で手放す気などさらさらなく、その10倍を要求して来た、明らかに足元を見ている、酒井は辛抱強く交渉し、結局30,000ドルで話はついた、日本円にして300万ほど……AV一本で元が取れる金額ではない、その上スーはまだ17、すぐにデビューさせるわけにも行かないしビザの問題もある、ビジネスと言う観点で言えば良い取引とは言えず、全額持ち出しになってしまう可能性も少なからずある。
それでも酒井は30,000ドルをオーナーに叩きつけてスーを売春宿から連れ出した。
「スー……」
スーを家に連れて行くと母親が飛びついてきた。
父親には会わせたくもないが、母親との別れはちゃんとさせてやりたかった……。
「今度はスーを日本に連れて行ってAVに出す、写真と違って男に抱かれる姿をビデオにして売るんだ、それでもスーは今の境遇よりましだと言った……それでいいな?」
母親は酒井をじっと見つめていたが小さく頷いた。
「売春宿に30,000ドル払ってスーを買い戻した、日本の法律でスーは18にならないとAVには出られない……わかるな? スーが成功しないと俺も困るんだ……だけど約束してやるよ……2年待ってくれ、そうしたら必ずスーをここに連れてきて会わせてやるから」
本当は『今生の別れになるかもしれないからせいぜい別れを惜しむんだな』と言うつもりだった……しかし、母親の目に涙があふれてくるのを見るとそうは言えなかったのだ。
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「スーか、憶えてるよ、少女ヌードが随分評判だったから俺も何冊か見たよ、ロリ趣味は無いつもりだが、この娘は魅力的だったな……」
「正直に言うよ、まだ17だ、あと1年はAVに出す訳には行かない」
「ああ、せっかく上手く行ってる会社を法律違反で潰す訳には行かないからな」
「だが、どうだ? 1年後にこの娘は使えるか?」
「……13の時の体は見てるけどな、今はどうだ? まずそれを確認させてくれないか?」
「ああ……スー、この人に裸を見せてあげなさい」
酒井が向かい合っているのは熊谷、AVプロダクション兼メーカーとして最大手のシネアートの社長、酒井とは大手芸能プロダクション勤務時代の同期だが、事実上左遷された酒井とは正反対に重役にまでなった男。
しかし、若い頃から冒険心に富んだ男だった。
酒井同様に独断で行動を起こすことも少なくなかったが、酒井がことごとく失敗したのに対して、熊谷はとあるアイドルの卵を国民的なアイドルに仕立て上げて出世街道に乗り、思い切った手を次々と打って、重役と言う地位まで駆け上がった。
しかし、そうなっても冒険心は止まず、その地位を投げ打って元々興味があったAVメーカーを立ち上げ、女優を大事にすべくプロダクションを併設するようになり、女優を使い捨てにしない姿勢が功を奏して人気女優を多く抱えて最大手にのし上がった……そんな男だ。
今はお互いに独立してそれぞれの会社を経営しているが、片や最大手で片や零細、しかし、熊谷は今でも友人として、そして同じエロティズムを生業とするものとして対等な付き合いをしてくれている、スーを託すのはこの男を置いて他にいない、と見込んで売り込みに来たのだ。
「お前に迷惑はかけたくないし、恩を売られるのも御免だ、率直に言ってくれ、1年後にスーを使う気があるかないか……」
「恩を売る? おいおい、そんな気持ちでお前と付き合っちゃいないさ、お前の審美眼と行動力には一目置いてるからこうして今も付き合ってるんだ……お前に嘘はつかないしおべんちゃらも使わないさ」
「そうか、嬉しいよ……で、スーはどうだ?」
「素晴らしい……13の頃からこの腰のラインは魅力的だったがもっと良くなってるじゃないか、胸も大きくはないが良い形だ、顔も変わらないが13の頃の可愛らしさに憂いが加わってより魅力的になってる……正直に言うと少女ヌードであれだけ売れた娘だから新鮮味には欠けるだろうと思ってたんだが、やはり一級品だな、色あせるどころか輝きを増しているじゃないか、ぜひウチからデビューさせてくれ」
「そうか……良かった……だけどまだ一つ問題があるんだ」
「ビザのことだろう? 確かにAV女優としての就労ビザを取るのは難しいが、日本人の養子になって国籍を取るって手もある、本人が良ければだが?」
「あてがあるのか?」
「確かに日本人の男、特に俺やお前みたいな仕事の男と途上国の少女の養子縁組は難しいが、独身女性との養子縁組ならハードルはひょいと跨げるほどに低くてね、伊達にAVプロダクションの社長をして来たわけじゃないぜ、40、50過ぎて結婚してない元女優はごまんと知ってるよ、いまさらダンナは欲しくないが娘ならぜひ欲しいって言ってるのも一人二人じゃない、早速当ってみるがスーなら引く手あまただろうな」
「ありがたいな……スーはどうだ? 日本人になる気はあるか?」
「日本はふるさとより好き……でもお母さんの娘じゃなくなるのは……」
「まあ、書類上はそうなるけどな、だけど本当のお母さんに会いに行くのを嫌がるような候補者には渡さない、それでどうだ? ふるさとと日本の両方にお母さんがいると思えば良いんじゃないか?」
スーの顔に浮かんでいた翳りがすっと晴れて、魅力的な笑みが浮かんだ。
里親はすぐに決まった、熊谷の会社の専属だった元AV女優の美香、デビュー当時は頭に『AV』がつかない、そこそこ売れていた女優で、酒井とも顔なじみだ。
「そう……売春宿に売り飛ばされて……酒井さん、そんな目に合わせちゃダメじゃないですか」
「いや、あの国でならスーだけじゃなくて家族も一生楽に暮らして行けるくらいの金は渡したはずなんだよ、俺もおふくろさんを訪ねて行って売り飛ばされたと聞いてびっくりしてね、思わず買い戻したってわけだ」
「そういう事だったの……もうそんな目には会わせないわ、AVだってスーが嫌なら出なくてもいいの……」
もちろん、それでは熊谷が困るのだが……。
スーは優しく抱いた美香の胸で涙を流し、二人は母娘となった。
そして1年後、スーは予定通りにシネアートからデビューした。
元女優の継母の下で一年過し、スーは日本語も演技も随分と上達していた。
少しだけアクセントにたどたどしさが残っているのも却って可愛らしい。