Sue
「ああ、それだけで充分だ、撮影はまだ明日一日かかる、明日も良い写真が取れるようにゆっくりと休め、明日の朝は早いぞ、ビーチに人が出てくる前にヌードを撮るからな」
日本で写真集が売れる、と言うことがどれくらいの金になるのか想像もつかないのだろう、契約金とギャラを併せて3,000ドル……2,000ドルで売られかけていた少女だ、ヌードとは言え、写真を撮られるだけで済むとは思えなかったらしい。
「良い写真撮れた? あたしはあれで良かったの?」
「ああ、充分だ、きっと日本で評判になるよ」
スーはそれを聞くとほっとしたように笑顔を見せた。
翌日、スーのぎこちなさも取れてきて、カメラマンも気分が乗っていたので撮影は順調に進み、まだ日が高いうちにスーを家に送り届けた。
昨日の朝、迎えに来てスーを車に乗せた時は少し不安げな表情だった母親も、スーが元気に、楽しげに車から降りるとほっとしたような顔で喜び、スーを抱きしめた。
「約束の1,000ドルだよ、また近いうちに撮影したい、連絡するよ」
母親も信用したのだろう、何度も礼を言ってスーを家の中に入れた……。
酒井はメジャーな男性誌の編集部と繋がりを持っている、スーの写真をその雑誌に持ち込むと編集長もいたく気に入り大きく掲載された、その写真が大きな反響を呼んで写真集は飛ぶように売れ、スーは一躍日本で有名になった。
本人はまだ小さな村のバラックのような家でつつましく暮らしているのだろうが……。
一般的に少女モデルの賞味期間は短い、スーの場合、まだ体つきに女らしさを備え始める直前の肢体、今は素晴らしいが1~2年後にはどうなるかわからない、胸や尻が膨らみ始めた時にどう変わって行くのか予想がつかないのだ、それに加えて、撮影に慣れて来ると初々しさが失われて行ってしまうことも多い、正に一瞬の輝きを捉えないとダメなのだ、ちょっとでも鮮度が失われるとすぐに見向きもされなくなる。
酒井とカメラマンはほぼ季節ごとにスーを撮影した。
現地での撮影に飽き足らず、スーをあちらこちらと連れまわして撮影した、写真集を出せば売れるのは間違いないので経費は潤沢に使えたのだ。
一年ほど経つと胸や尻が膨らみ始めたスーだが、心配していたような崩れは起きなかった、正に蕾がほころび花弁が開いて行くように少しづつゆっくりと大人に近づいて行く……多くのファンがその瞬間を共有し、スーの成長を見守った。
撮影に慣れてぎこちなさが取れて行ってもスーの魅力は失われなかった、天真爛漫な笑顔と憂いを帯びた表情の落差はますます大きくなり、ファンの心を鷲づかみにしたのだ。
が、さすがに三年、十冊目の写真集が出る頃にはどうしても新鮮味は薄れて来る、そして、スーを見守り続けた熱心なファンも「次」を探し始める。
それに追い討ちをかけるように老舗の少女ヌード雑誌が出版自粛に追い込まれる事件があり、出版社が二の足を踏むようになると少女ヌードブームそのものも下火となり、酒井は後ろ髪を引かれながらもビジネスと割り切ってスーとの契約を打ち切った……。
そして更に四年が過ぎた。
酒井はまだ南アジアでスカウトの日々だ。
少女ヌードのブームが去ると、今度はAVのブーム、元アイドル歌手がAVにデビューすると大人気となり、それまで女優のルックスには多少目をつぶってきたAV界でも美形の女優が求められるようになる、とは言え、元アイドルやアイドル並の美女が続々とAVデビューすると言った状況にはならない、日本で調達できないなら……と酒井は再び東南アジアに供給源を求めたのだ。
売春宿や風俗店を巡り、日本人好みの娘をスカウトする。
性病や暴力がはびこる劣悪な環境での売春よりも、日本でAVに出る方がはるかに楽で安全、しかも金になる、スカウトは大抵成功し、何人も日本に送り込んだ。
しかし、彼女たちは1~2本目こそ健闘するのだが後が続かない、AVは大したストーリーこそないが、音の出ない写真集と違って日本語をしゃべれないのがネックになるのだ。
そんな折、スーが住む村の近くまでやって来た酒井はスーを訪ねてみようと思い立つ。
当時10~13歳だったスーは日本のスタッフに囲まれているうちに簡単な日常会話ならできる様になっていたのだ、もう少しちゃんと教えれば……。
「久しぶりだね、スーは元気かい?」
スーの家の前まで来ると、母親が戸外で洗濯をしていた、家は多少手直しされたものの昔のまま……売れる様になってからというもの、スーへのギャラは毎回かなりの上積みをしていた、他所に引き抜かれては堪らなかったからだ、だから御殿とまでは行かずともそこそこの家が建っていても不思議はないのだが……。
母親は顔を上げ、酒井の顔を見て驚き……また下を向いてしまう……。
「忘れたかい? スーをスカウトした酒井だよ」
「もちろん憶えています……」
「スーは? 外出中かい?」
「ここにはいません……」
「どこへ? 結婚でもしたのか?」
「…………」
嫌な予感がする……。
「まさか……売ったんじゃないよな?」
「………………」
声を聞きつけたのか、父親が顔を出す……昼間からかなり酒が入っている……。
「おい! スーはどうした?」
見当はついた……定期的にまとまった金が入る様になると父親は働かなくなり、酒びたりに、おそらく町へ出て高級な店での遊びも憶えたのだろう……そして金が入らなくなるとまた困窮生活に逆戻り……。
「どこの売春宿だ? 怒らないから教えてくれ、頼む……」
酒井は母親から聞き出した売春宿に向かった。
「スーって娘はいるかい?」
売春宿で訊ねるとオーナーらしき人物がニヤリと笑う。
「ああ、いるよ、だけど今客を取ってるところだ、スーは人気があってね」
……オーナーのニヤニヤ笑いをこぶしで消し去ってやりたい衝動に駆られたが、何とか思いとどまった……とりあえず無事でいることだけはわかったのだから。
「他にもいい娘がいるよ」
「いや、どうしてもスーが良いんだ」
「だいぶ待つことになるが、いいのかい?」
「ああ、いくらでも待つさ」
「どこで聞いてきたのか知らないけどご執心だな、待つというなら構わないが、スーは相場よりだいぶ高いぜ」
オーナーが口にした金額は高いと言ってもこの国の常識での話、日本でならちょっと贅沢な昼飯を食えば飛んでしまう程度の金額だ、と言っても確かにこの国では破格の金額ではある。
「待たせたな、スーの体が空いたよ、ただし前金で頼むよ」
金を払い、スーの待つ部屋へと入って行く、さすがに高い料金を取るだけあって簡素だが清潔な部屋、ベッドに座っている少女は向うを向いているが、背中から腰にかけての美しいラインには見覚えがある。
「スー」
「あ……酒井さん……」
「おふくろさんに聞いたんだ、ここにいるってね、いつ頃からだ?」
「一年ぐらい前から……」
俺を見て日本語で話す、忘れていないようだ。
四年前にはまだほんの少し膨らんでいただけだった胸は少し控え目だが美しく膨らんでいる、印象的だった瞳は、現在の境遇を反映してか少し翳っている。
「スー、ここから抜け出したいか?」
「出来るなら抜け出したい……」